(abstract)
50代女性のGertrudは、1930年代にイングランドに渡ってきました。そして、彼女は他の人たちと同じように二つの言語で育ったのですが、彼女曰く、彼女は「ごく幼い頃に学んだことのひとつは、両親の通訳係をやること」だったとのことでした。
それを聞いた私が思ったのは、「えっ! 私の場合は、いまだに子供たちの通訳係だわ!」ということでした。何故彼女の経験は私とは異なるのでしょうか?
その答えは、人がバイリンガルになる理由のひとつは外国への移住なのですが、移住する理由というのは同じではないのです。 大雑把に言えば、やむを得ず移住したのか、自ら望んで移住したのかの違いです。
一方では、現在でもまだ多くの人たちが戦争、飢餓、失業などの理由から逃れるために移住する人たちがたくさんいます。 又、一方では、これは特にヨーロッパに多いのですが、結婚や仕事、又は、単純に世界を広げたいという理由で外国へ出て行く人たちが増えてきています。
自ら望んで外国に移住する人はその目的も多様です、でもそうせざるを得なかった人たちは違います。 移住せざるを得なかった人たちは、子供たちと共に新しい国や文化に溶け込もうと努力するか、あるいは、これもよくあるケースですが、自ら孤立する道のどちらかを選びます。一方、自ら望んで移住した人たちは、文化や食べ物、そして勿論、言葉に対する織り交ざった興味が移住の目的になるのです。
「せざるを得ない」移住の場合は、バイリンガル状況というのは対処せざるを得ない単なる事象でしかないのに対し、「望んで」移住した人たちは、往々にして積極的に子供達がバイリンガルになることを望むようです。
こうして私は、バイリンガルに「育った」子供達と、バイリンガルに「育てられた」子供達を区別してみることに意義がある、ということに気づいたのです。
(まゆパパのポイント)
我が家の場合は、仕事でマレーシアに転勤したのですから、筆者に言わせれば「望んで行った」というケースに当たります。そして確かに、子供たちがバイリンガルになることを強く望み、インターナショナルスクールに放り込んだのでした。
でも、日本人の場合には筆者が言うようなヨーロッパのケースとはちょっと違うような気がします。 ヨーロッパ人は自分が望まなければ転勤なんてありえません。でも、日本人の場合は違いますよね。「社命」には逆らえませんから。 その上に、ヨーロッパでは言葉が違うといっても、日本語と英語程の違いはありません。
ですから、どちらかというと、日本でいう転勤の場合、「せざるを得ない」というケースが多いのではないでしょうか。特に、メーカーの方々はそうですね。そうして、積極的に溶けこもうとして、永住するまでになる人もいれば、逆に、日本人社会の中にこもりきって殻を閉じてしまう人もいます。
よく通ったブラジルもそうです。「ハルとナツ」というドラマがありましたが、日本人もポルトガル語を学んで現地に溶け込もうとする人もいましたが、今でも、日本語しか話せない日系人もいるんです。でもこれは「せざるを得なかった」ケースでしょうかね。
One thing we all learned from a very young age onwards was to act as interpreters for our parents.
子供が親の為に通訳する。ありました、これ、我が家の場合も。学校との保護者面談に私が行けない時など、子供が先生の言うことをよく通訳していました。
旦那は仕事で転勤しますから「望んで」ということもあるでしょう。でも、奥さんの場合は言葉も出来ず、「せざるを得ず」転勤することも多いのではないでしょうか。 そうなると、子供が母親の通訳係りをすることになるのでしょうかね。
distinction between children who are growing up bilingually and children who are brought up bilingually.
"grow up" と "brought up" とを使い分けて消極的か積極的かを書き分けています。
「親は無くても子は育つ」といいますから、"grow up"というのは親が何もしなくても(悩まないでも)育っちゃった状態というニュアンスですね。それにgrowの主語は子供。これに対して、"brought up"の場合の"bring"の主語は親ですから、親が主体的にバイリンガルに育てようという意志を持っているというニュアンスが出ています。
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