慶應通信の英語Ⅶ The Bilingual Experience

2008年11月13日 (木)

A common interest (最終回)

色分けされた三つ目の友人は自分達も外国人であるという人たちです。バイリンガルの家族は近所に偶々住む他のバイリンガルの家族と出会ってしまう(bound to meet)ものです。親御さんが、外国から来た他の親御さんを積極的に探しているかいないかに係わらず、遅かれ早かれ道は交わるのです。何人かの海外居住者と友人になれば、共通の関心事は子供のバイリンガル養育です。しかし、Tjitskeが話してくれたように、同じ関心を持っているからといって、同じ考え方(policy)であるとは限りません(needn't imply)。彼女とご主人はオランダからロンドン近郊に約5年前にやってきました。彼女によると:

「全て、誰を"専門家"と考えるのかによるのです。小さなお子さんがいる親御さんは私がどうやっているのかを聞いてきます。他の母親は、自分の方が上手に両方の言葉を維持させていて、私はきっちりやっていないと言います。私達はみんな異なる線引きをしていて、極めて自分なりのやり方(very much our own way)でバイリンガルという状況に対処しているのです。」

それでも私は、バイリンガルの子供と暮らしている親御さんは、その経験を伝え合う(share)べきだと思っています。これは、海外居住者が必然的に(bound to)多い大都市エリアに住んでいる人たちにとっては比較的容易(easier)ですが、隔離された小さな町に住んでいる人たちにとってはそうではありません。(注:長いので後につなげる主旨で意訳した) しかし(yet)、こんな問題を抱えているのは自分だけだという孤独感は、どこに住んでいようが、全ての(any)親御さんと子供が何度となく感じるものなのです。

この本により、親御さんやお子さんの孤独感を少しでも減らすことができ、又、バイリンガルである(になる)ということが、世界の何百万人の人たちの正に共通の関心事であるということに気づいて頂ければよいと願っております。

(完)

Old and new friends

さていよいよ友人の反応についてです。親戚や教師とは違って友人は子供のバイリンガルの発達に対して個人的な利害を持ちません。しかし、ただの知り合いと比べれば、純粋に興味を持ちやすい(inclined to)というのは確かでしょう。

一口に友人といってもいろいろあります。外国に住んでいる場合には、祖国にいる古い友人と地元の新しい友人という違いがあります。そして後者については更にその国で生まれ育った友人と外国から来た友人に分けられます。言葉に関する限り、この三つに色分けされた友人達は、親が決めた子供の養育方針について、それぞれ異なる反応をする傾向があるのです。

祖国に在る生涯の友人は大概は最も強く支持してくれます。お子供がバイリンガルなら、彼らはそれは素晴らしいと思い、バイリンガルに挫折したり試みもしなかった場合でもそれを理解してくれます。彼らの寛容さ(tolerance)のひとつの理由は、もし子供達(they)がひとつ二つの外国語が解って話せるなら、その子達はその言葉を練習する為に、自分の子供(their friends' children)と話したがるかもしれない!と思っているからかもしれません。(注:ここは編注訳ではなにがなんだかわかりません。要は友人は自分に都合の良いことだけを考えているのですね!)

また、外国に住む友人がいると、休暇で遊びに行ったり子供を行かせて外国語の勉強をさせたりするよい理由にもなります。後者の場合には、バイリンガルの子育てが上手く行っていると、楽しみが半減してしまう(spoil some of the fun)こともあります。次の報告はフランシスからのものです:

「子供達がある程度大きくなった時(Now that)、フランスにいる友人と子供達を送りあったのです。しかし、ロンドンで私達と一緒に過ごす為にフランスから来た子供達は、英語を十分に練習できませんでした。私の子供達が普通に(just as easily)フランス語で会話してしまったのです。」

地元で出会った新しい友人は人が言葉で苦労していても(one's struggle with languages)大抵は表面的な興味しか示しません。世間話(small talk)するにはよい話題ですが、よくて(in the best of cases)その努力に感心される程度で、話しはすぐにもっと面白そうな話題に向いてしまいます。一般的に言って、親御さんにとって子育ては尽きぬ話題(inexhaustible topic)ですが、こと子供の言葉の発達のこととなると、一つの言葉だけで暮らしている家庭と、バイリンガルで暮らす家庭とが分かち合うものは殆ど無い(have little in common)のです。

Grandparents and other relatives

親戚といえば祖父母です。そして、私たちがバイリンガルで暮らしているということについて、親戚がどう感じているかについて考えるときも、まず祖父母が浮かんできます。(When we think about relatives and their reactions to the bilingual situation in which we live, the grandparents come first to mind.) 彼らにとって孫たちと繋がっている(communicate)というのはもちろん非常に大切なことです。全ての祖父母がそうたびたび(all that often)やって来れる(be around)ものではありませんし、それを望まないかもしれません。年齢、健康状態、距離、お金、孫の数、それに類したことで変わってきます(it depends on)。しかし、頻繁に孫との付き合いがある場合には、言葉の役割は間違いなく存在します。

国際結婚の場合には、双方の祖父母は、孫たちがどちらの言葉をもしくは両方の言葉を話すのか心配ながら見守っています。そして夫婦で一緒に移住した場合には、祖母にとっての不安の種(issue at stake)は母国語をいつまで維持できるのかということになります。

祖父母の方々は、他の人と同じように、この問題(the subject)について情報を持っていたりいなかったりするので、それに気持ちが影響されてしまいます。彼らは、子供たちが混乱しないかと心配したり、それは当たり前だと考えたり、もしくはその結果にがっかりしたりするのです。

両親がバイリンガルで育った場合は、祖母は言うまでも無く、この問題について個人的な経験を必ず持っています。このことが祖母をよき理解者にしたり過酷な要求者(demanding)にしたりするのですが、いずれの場合でも、既に不確かになってしまったかもしれない過去の記憶を頼りにしていることに変わりはありません。その状況の真っ只中にいる(in the middle of a situation)のと、それを振り返るのとは違います。それに、状況が同じということはいずれにせよありえないのです。

又、自分のためや子供たち(注:祖母の子だから両親)から頼まれて、バイリンガル児についてもっと調べようとする祖母もいます。これは私の母親が指摘したことです。彼女はかつてアムステルダムにある大きな公営図書館に勤めていて、何度となく次のような問い合わせを受けたと言うのです:「私の娘が外国に住んでいて今赤ん坊がいるのですが、彼女がどの言葉を子供に話したらよいのか悩んでいるのです。娘は手紙をよこしてきて、この話題について書かれている本を買って欲しいと頼まれたのですが、本屋にいっても拉致があかないのでこの図書館に来ることにしたのです。」 そして、私の母はその時、バイリンガル状況に対処しなければならない親や祖母の為に書かれたそのような本はないといつも答えなくてはならなかったということです。

私は、私が話した親御さんの多くの方に、外国人と結婚したり自分自身が外国に移住したりした兄弟姉妹がいるということに気づきました。そんなに近い親戚がいるなら、お互いの経験を共有すれば良いのではないかと思うかもしれませんが、各々が置かれた状況は時に大きく違いますし、その考え方もしかりです。

テレサはイギリス人でフランス人のご主人とフランスに住んでいます。彼女の手記です:

「私の兄弟はイタリア人と結婚し、その子供たちはイタリアで育ち英語は学校でしか習っていません。彼はいつも、父親というものは子供と過ごす十分な時間はないもので、従って、家族で母国に帰りたいと思っていない限り、子供をバイリンガルに育てる意味はないと主張しています。それにも係わらず、私の子供が英語でコミニケーションできる事を不思議だとは思わないのです。」

2008年11月12日 (水)

Schools and schoolteachers

周りの人たち(neighbours and other local people)からの望みもしない(unsolicited)アドバイスは常に有難くもなく助けにもなりませんが、だからといって親御さんが何かをするときに(in what they do)、必ずしもそれに過度に悩まされたり影響を受けるわけではありません。しかし、それが子供を通わせている学校からの意見となると問題となり始めます。

ロンドンに到着して1ヶ月後のことでした。私は3才になるギデオンとうやうやしく(dutifully)近所の(around the corner)学校に申し込みに行きました。 「学校に来るまでに英語が話せるようにしておいて下さいね。」 この言葉が家にたどり着くまで頭を離れませんでした。(was the remark I was to bring home with me: 意訳) 「もちろんですわ」と私は答えたのですが、すぐに、もし出来なかったらどうなるんだろうと心配になってしまいました。」

ここで重要なポイントは(The point about schools)、バイリンガルの子供の扱い方について、親御さんは強く学校に依存してしまうということです。最近は多くの学校や教師が、家庭での言語が異なる子供と接した経験をある程度持っています。うまくいったかいかなかったかに係わらず、実際にバイリンガルの子供を教えなければならなかったという経験は、新しい生徒に対する教師の判断(attitude)を決めてしまうようです。そしてここでのもう一つのポイントは、親御さんはそれを予想できないということです。

多くの親御さんが、学校では全く問題がなかったと実際に報告しています。いくつかの例では、教師は寧ろ、子供の言語意識を高めるのに良いからといって(as it was thought)、家庭において他の言語の読み書きを練習することを薦めています。 しかし一方では、もし子供が遅れの片鱗でも見せようものなら(even one sign of being slightly behind)、その全ての矛先は余りにも安易にバイリンガルに向けられてしまいます。マリールースは次のような事例を回記してくれました。

「学校でマキシムに読みの問題が現れたので、クリスマス休暇の直前に先生から、家ではフランス語で話さないようにと言われてしまいました。勿論そうはしませんでしたが、腰を落ち着けて(sit down and)息子と英語の本を読んだのです。休暇が終わって学校に戻ると、息子がクラスメートに追いついたことは直ぐに分かりました。すると先生は、自分の対処法は明らかに正しかったと自慢げに言ったのです。」

教師がバイリンガルの子供への対処方法について無知だったとしてもいつも責められる訳ではありません、なぜなら、他の誰もと同じように教師も情報不足には苦労していると思えるからです。でも、情報不足であることは常識不足であることの理由にはなりません。ジュディは教師の間違っていると思える指導(what she thought was bad conduct)にいささか怒りを感じたと述べています。彼女の話です:

「家では英語を話していましたので、サラはオランダ語を覚えるのに時間がかかりました。娘は少し人見知りする方なので人とのコミニケーションは楽ではないのです。ある日、私が保育所に娘を迎えに行った時、先生が娘に、「オランダ語で頼まない限りこれは返してあげません」と言っているのが聞こえてきました。サラが通い始めてからずっと英語とオランダ語で娘に話しかけていたその先生自身がです。小さな子供に対して教師自身でも守れないようなルールを突然に適用するというのは悪趣味というか残酷なことだと思います。」

2008年11月11日 (火)

It's never right ③

親御さんが国際結婚であるのかそれとも夫婦一緒に移住したのかということでも違いが出てきます。後者の場合では、親御さんが自国語を維持したいと願うことに対して周りは好意的です。子供には地元の言葉を吸収(assimilate:編注は理解)する機会を十分に与えた方が良いと念を押される(remind)ことはよくありますけれど。親御さんが国際結婚で片親もしくは両親がともに子供に外国語を話している場合、変な理想を追い求めている(striving after peculiar ideals)と見られがちです。どうして自分の子供を他の子と違うようにしたいのだろう?とか、他の子でも十分なように、ひとつの言葉だけ知っていればそれで十分なはずだ、とか。

しかし、その人の生活状況がどのようであるかに係わらず、バイリンガルの子育てについてどのような選択をしたかに係わらず、周りの人は意見を言うのが好きなのです。ウラはドイツから来ましたが二人の子供はイギリスで生まれ育ち、父親はイギリス人です。この話題につき彼女には言いたいことがあります:

「子供にドイツ語を教えたかという質問にはいつも"ノー"と答えるのですが、すると彼らは "何とも残念!"とか "あーあ、せっかくのチャンスなのに"とか言ってくるのです。ついには(with time)"それは異論のあるところね"とだけ答えて後はそのままにしておくことを覚えました。」

ある一群の親御さんは他の親御さんより、周りの意見で元気づけられることもあるようです、但し、しばらくの間だけですがね。その親御さんとは、最近になって子供たちと一緒に新しい国に移住してきた人たちで、私たち自信もそうでした。

「私たちがイギリスに来た時、ヘッダとギデオンは1才半と3才間近でした。数ヶ月経って、引越しや新天地での生活設営(settling in a new country)の慌しさも少しおさまった頃、周りから子供たちはどうやって英語を学んでいるかと聞かれ始めました。そして、周りのひとは皆一様に、子供らの英語は黙っておいても直ぐに上手になる(develop quickly and naturally)と私たちを元気づけるのです。
しかし、現実はその通りにはなりませんでした。そして1年以上経ってもそうならなかった時、親切な元気づけの言葉だったはずの「小さな子供は皆、新しい言葉を容易たちまちに覚えてしまう」がマイナスに働き始めたのです(have the opposite effect)。

親御さんたちが、周りの人たちの意見や批判を甘んじて受ける様になる(learn to live with)のは疑いようもありませんが、皆、ジュディーの次の言葉には同意してくれると思います。

「子供を二つの言語で育てるために必要なことを知っているのは、実際に自分たちがそうした経験を持つ人だけです。他の人たちはその手がかりさえ持ち合わせていません。」

2008年11月10日 (月)

It's never right ②

子供が幼児期から学童期に近づくに連れ、ことはより深刻になってくるようです。本人は気づいていないと思うのですが、周りの人が突然に現実には程遠い(far-reaching implications :編注は「幅広い意味をこめた意見を言う」ですが、この後に続くジャネックの回想とマッチしませんので意訳しました)意見を言ってくるのです。ジャネックとそのご主人はともにオランダ人でロンドンに住んでいます。

彼女の回想記です:「地元の人は、私は子供たちにオランダ語ではなく英語を話すべきだと言っていたのですが、私が、それじゃあ貴方がフランスに引っ越したら子供たちにフランス語を話すのですか、と質問を返すと、"とんでもない"と憤慨してくるのです。」

もしどなたかが全ての質問や意見を記録していたら、不思議な矛盾(curious dichotomy)があることに気づかれるでしょう。一般的には幼い子供はごく容易に二つ目の言葉を覚える思われています。一方で、子供は直ぐに混乱しどちらの言葉も十分には覚えられないと指摘する人もいるのです。

バイリンガルを経験した全ての親御さんがこの様な一定しない(varying)意見に出くわしますが、一部の親御さんに対する批判は他の方よりも強いものがあります。例えば、お子さんをノルウェー語やオランダ語の様にあまり役に立たないと見られている言葉で育てることにした親御さんです。彼らは、フランス語-英語のバイリンガルの境遇に子供を置いた(created a situation: 意訳)親御さんよりもはるかに懐疑的に(with far more suspicion)見られてしまいます。ですから、もしお子さんをどうしても(insist on)バイリンガルで育てたいなら、役に立つ言葉の方がよいのです。そうではないとその親御さんが利己的と思われてしまうのもまれなことではないのです。

2008年11月 9日 (日)

It's never right ①

自分の子供に外国語で話しかけているのを他人が聞いたら、その人はたいてい不思議に思い(often gets curious)、それは何語でお子さんはバイリンガルなのかと尋ねるでしょう。 子供が小さい時であれば(Especially when)、外国語を話すのはどちらかというと可愛らしく思えるものです。それに、小さい子供との会話はどんな言語でも大して違わないので、親が子に話している内容など想像できますから、脅威に思われることもありません。それでも周りの反応はいつも好意的ではないのです。

デイビッドはイギリス人で奥様はベルギー仏語圏の出身です。彼らはオランダに住み二人の娘さんがいます。

デイビッドの手記です:「たいていの人は、二ヶ国語を問題なさそうに(seems to have little problem)使っている子供を持つことは良いことだと思っています。一人の方が、観念的/社会的理由からそれに批判的でしたが[その人はバイリンガルの子供は社会に受け入れられないと思っていたのです(didn't think it would work in terms of the child being socially accepted)]、その後(since)そんな問題は起こりそうにないと分かると考え方を変えています。」

しかし、彼は次のようにも書いています:「たまたま知り合っただけの人などは(Some people, chance acquaintances usually)、私の子供たちは学校などで周りに合わせるのにこの先苦労する(will have trouble fitting in later) などと独断的(aggressive:編注は攻撃的)ともいえる態度をとってきます。」

2008年11月 8日 (土)

Who are they?

周りの人(other people)はバイリンガルの子供たちの何を知っているのでしょうか? この話題については(one of those subjects:意訳)、多くの人が自分は何がしかのことを知っていると思っているようです。そればかりではなく、彼らはいつもその知識を語りたがる(volunteer:意訳)のです。私が話した母親の一人が次のような不満を述べていました:

「周りにはたくさんの自称専門家(self-appointed experts)がいます。彼らは、何も問題はないよと安心させようとしてくれているのですが、そのアドバイスはたいして役にはたちません。」

この周りの人というのは誰のことなのか、そして何を親御さんに言うのか、というところをもう少し見てみましょう(have a closer look at)。 まず、「周りの人」という括り(category)は広すぎるので、隣人、知人、友人、親戚、そして学校の先生という区別をしてもよいでしょう(it makes sense to distinguish)。 この人たちはみんな親御さんの生活の中である役割を担っていて(play a part)、バイリンガル状況への対応の仕方について、それぞれの立場からコメントしてきます(have their different reasons for commenting)。

隣人と知人は通常は子供のバイリンガル発達について個人的な興味を持ちませんが、親戚や学校の先生は違います。残りの2つのグループについては後ほど述べますが、まずは、親御さんが地元の人からよく貰うコメントについて見ていきましょう。そしてこの章の最後に友人の反応について論じていきます。

2008年11月 7日 (金)

Reactions of other people

「私が子供を二ヶ国語で育てようとしていた時、周りに邪魔をする人がよくいて、子供を混乱させるのは止めたほうが良いというのです。ついには私は子供たちにオランダ語を話すのをやめ、結果的に彼らはギリシャ語しか話せなくなりました。最近、また意見を言ってくる人がいるのですが、今度は、"一体どうしてお子さんに自分の母国語を教えなかったの?"と言ってきます。」

これはオランダ人の友人であるアンケがギリシャから送ってくれた体験談です。そこには、親御さんがバイリンガルでの子育てに関して如何なる決断をしようとも、他人の目にそれが正しい決断と映ることは決してないということが示されています(It demonstrates that)。何人かの親御さんは、一般にこの話題に対する関心は薄い(general lack of interest)との見方を述べられています。又、他の方は、黙っておけば(providing you keep it private)家でどの言葉を話しているかなんて他人は気にしないと納得している方もいらっしゃいます。しかし、私は、アンケの体験はとても典型的だという印象を強く持ってます。それは、殆どの親御さんで一致(agree)しているのは、コメントやら、アドバイスやら、批判やら、そして警告やらは常にやって来る(constant stream of)ということで、これにより親御さんは何らかの影響を確実に受けてしまうわけです。

(コメント)

アンケの体験は、「他人は意図して邪魔をする→他人の言葉が気になる」。「何人かの親御さん」は、「他人は無関心だから適当なことを言っている→他人の言葉を無視する」。そして、「他の方」は、「他人に邪魔をする悪意があったとしても、黙っておけば分からないから邪魔されない→他人の言葉が出ないように防衛する」。というように親御さんの主観の違いを述べており、筆者はアンケの体験、即ち、言葉が気になる→影響を受けてしまう、のが典型的だと言っているのだと思いますが、原文のままだとちょっと解りにくいですね。

2008年11月 6日 (木)

Temperaments and talents ②

しかし、バイリンガル状況における子供の反応を知能だけで説明できるものではありません。子供というものは生まれながらにして言葉を学ぶ能力を持っていますが、特にコミニケーション力や想像力といった点で語学能力に優れる子供は、二つ目三つ目の言葉を他の子供より容易に学んでしまうのです。例えば、ある種の子供(some children)は異なる言葉を聞き分ける「耳」を持っているようで、何の努力も無しに覚えてしまいますが、他の子供は適切な表現が出来るようになるまでに大変な苦労をします(have a much harder timne)。

親御さんにとって難しいのは、バイリンガルで子育てをすることを選択する時には、子供の気質や能力がまだ分かっていないことが多いことです。これは生まれたときから子供にバイリンガルの家庭環境を与えようと決めた人にも当てはまります(true for)し、小さい子供と一緒に外国に移住した夫婦にも当てはまります。 しかし、子供が大きくなるにつれ、親御さんは多くの実体験(first-hand experience)を積み重ね、それぞれの子供はそれぞれ違った能力を持ち、同じような状況でも違った反応をするのだということに気づくのです。従って、親御さんは常に自分や子供たちの置かれた状況(needs:意訳)に合ったやり方(a course of action)を選ぶようにしなければならないのです。

2008年11月 5日 (水)

Temperaments and talents ①

幾つかの面談において、「勿論これは子供次第ですが」というコメントで会話が始まったり終わったりしたことがありました。彼らは、子供はそれぞれ違った気質と適性を持っており、同じ状況であっても(in a situation)、ある子供はうまくやっていけるのに別の子供はすっかり当惑してしまうということに気づいているのでしょう。

ジョエルは次のように述べています:「オリビアは大丈夫なんですが、ベネディクトは駄目なんです! でも、オリビアは外交的でベネディクトは内向的というように、やっぱり(anyway)二人の気質は全く違いますからね。」

性格というものがどれほど子供の行く末(course of events:注訳は「ことの成り行き」)に影響をあたえるのかということに、全ての親御さんが気づく訳ではありません。子供をバイリンガルに育てることを諦めたとき、親御さんは得てして、自分がしっかりしていなかった(not being consistent enough)とか、きちんと対応できなかった(not dealing well with some of the difficulties)とか、自分を責めてしまいます。こんな人にとっては、二ヶ国語で子育てをした自分たちの成功法(the procedure that has worked for them)が、他の人にも応用できると考えているような成功者の親御さんはうっとうしいだけです(are not helped: 大胆な意訳だなぁ)。

ごく最近までは、バイリンガルの経歴を持った子供たちはハンディーキャップを負っていると見られたものでした。もしその子の学校の成績が悪ければ、バイリンガルがその原因だと言われるのです。しかし現在では、通常の知能の子供であればバイリンガルでの養育に順応(coop with)していけるし、むしろ他の教育場面ではメリットさえあると見られています。

2008年10月31日 (金)

The bilingual development ②

セシールはイギリスのオックスフォードに住むフランス人で、ご主人がイギリス人ですが、彼女は7才と3才半になる二人の息子さんのバイリンガルの発達について次のように書き記してくれました。

「長男はフランス語を先に覚えたのですが、2才半で保育園に行くようになると英語が(フランス語より)上手になりました。その頃に、スペインに5ヶ月程滞在する機会があり息子を保育所に通わせたところスペイン語をたくさん覚えてきました。ところが、帰国して4ヶ月もしないうちに忘れてしまったのです。

「保育園や小学校に通う頃から英語が主たる言葉になり、ニュアンスを使い微妙な表現(subtleties)が出来るようになりました。フランス語の会話の方はもっと初歩的で、例えば、大人に対し礼儀正しい言葉使い(proper conversation)はできませんでした。

「次男は今3才半なのですが、英語を話し始めたのは2才半の時でした。彼は基本的なフランス語の単語は知っている様なのですが、文章になると英語が出てきて(tend to be in English)しまいます。そして二人とも私がフランス語で話しかけても英語で応えて来るのです。」

「今日落ちた」
どういう意味かお分かりですか? これよく次男が使っていた言い回しです。これは "I fell down today(今日転んだ)"の直訳なんですね(笑)。別に息子は「転ぶ」という単語を知らない訳ではないのですが、その言葉がこの場面で出てこないのです。フランス語の単語は知っていても文章になると英語になるというセシールの長男もおそらくそうだったのでしょう。単語を知っているだけでは話せる様にはなりません。更に、単語と文法を知っていても話せるようにはなりません。話せるようになるには、たくさんの正しい会話、間違った会話を聞き、その中から言葉を律する天然のルールを感じられるようになることが必要なのです。

2008年10月30日 (木)

The bilingual development ①

ある母親がお子さんについてこう書き記しています:

「バイリンガルとはいっても、二つの言葉の能力は同じではなく、しかも、得意な方の言葉であっても、ひとつの言葉だけ覚えた人の能力よりは劣ってしまうのです。(違和感があるのでほとんど意訳にしました) ですから、一方で得をすればもう一方で損をするという関係に常になってしまうようです。」

どんな手法やルールを採用しても、子供はその時々の状況で(at any one time)、どちらか一方の言葉の方がもう一つよりも上手になってしまうのが常なのです(it is almost always the case)。子供にとってどちらの言葉が重要である(使いたがる)かは、その子のバイリンガルの発達段階によって異なるのです。最初から両方の言葉が家庭で使われるか外国語だけが使われるかに係わらず、学校で使われる言葉が徐々にほぼ全ての場合に取って代わることになります。そして外国語の方は短期間あるいは長期間に渡り全く使われなくなってしまうことすらあるのです。これは子供が小学校の年齢の場合に特に良く見られます。(参考:マレーシアでは次男が小3-4年の頃に殆ど日本語を話さなくなってしまいました。その上と下の子は片言でも日本語を話していましたが。逆に、日本に帰ってきてからは、娘が小5で殆ど英語を話さなくなってしまいました。大きくなった今は、3人とも両方話すようになりましたけれど。やはり、言葉の発達が重要な時期には自然と学校で使われる言葉に子供の集中が向いてしまうのでしょうね。)

ここで覚えておくべきことは、子供にとってのバイリンガルの発達は大人にとってのそれとは異なるということです。まず第一に、子供にとってバイリンガルは発達の「過程」ですが大人にとってはそうでもありません。ですから子供に関してはバイリンガル「である」ではなく、バイリンガル「になる」という文脈で捉えなければなりません(we should talk)。

二番目には、熟練度の差が挙げられます。子供が二つの言語を知っている、というときには、その子が年齢相応(in accordance with her or his age)に流暢であるという意味でしょう(one means to indicate)。子供は大人と同じように言葉を使いこなす(have the same command of a language)訳ではありません。5才になる頃には、子供はほぼ基本的な言語能力を身に着けますが、まだまだたくさんの語彙や複雑な文章構造を身に着けなければならないのです。これは学ぶ言語がひとつであるか二つであるかには関係しません。

2008年10月29日 (水)

Rules

私が親御さんに質問したことのひとつは、家庭でバイリンガルについて何か特別なルールを設けているかどうかということでした。これで、新たにバイリンガルでの子育てを始める親御さんや問題を抱えている親御さんに何か面白いヒント(interesting and helpful)を出せるのではないかと思っていましたが、得られた回答は予想とは異なるものでした。

ごく僅かの親御さんだけが特別のルールがあると答えたのです。その一人がアンジェリーナでした。彼女はスペイン人のお母さんでロンドンに住んでいます。両方の言語で好奇心を十分に掻き立てる(stimulating)には、例えばどの様な本を与えればよいだろうということを話していた時です、彼女は次の様に語りました:

「スペイン語の本を読ませるために私がしたのは(my way of making it attractive)スペイン語の漫画を買うことでした。英語の漫画は家では禁止でしたから、スペイン語を読ませるために子供たちを買収したようなものです。そうでもしなければ(for otherwise)子供たちはおそらくスペイン語など無用なものと思ったでしょうね。」

しかし一般的には、何らかのルールを作ろうをした親御さんは予想外の結末(unexpected consequences)を見ることになります。ルールを作る問題点は、子供というものはルールを逆手に取って(drawing up their own principles)親の意図に反することをするのが得意であるということです。ジェイニーは次のようなことを語ってくれました:

休暇でフランスに行った時にレイチェルの祖母が、「フランスに来たんだからフランス語で話さなければ駄目ですよ」と言ったのです。私の娘は本当によく頑張ってました。そして今度は(the next time)祖母がイギリスに来たのでフランス語の練習が続けられると期待していたのですが、レイチェルはある決定を言い渡した(decided)のです:「イギリスに来たんだから私には英語で話して頂戴ね」と。

よく使われる(mentioned)ルールのひとつに次のようなものがあります:礼儀として(out of politeness)、親は外国語が解らない大人や子供がいる場所、特に自分の家や誰かの家に招待されている場合には、外国語では話さない。このルールを家で使い始めようとした頃のある時、こんなことが起こりました:

「ロンドンに住んで1年半になり、ギデオンが保育園で英語を話し始めた頃ですが、あるお友達をお昼に誘ったのです。我が家のオランダ人のお手伝いさんがその男の子にどのサンドイッチが良いのかを聞き、英語で同じ質問をギデオンにもしました。そうした所、ギデンンは急に涙を流し(オランダ語で)叫び出したのです。「スコットはイギリス人だから英語で話してもいい。でも、ボクはオランダ人だからオランダ語で話してくれなくちゃ嫌だ!」

2008年10月28日 (火)

Switching languages

バイリンガルでの子育てに関わった親御さん自身がバイリンガルということは、その子供たちは両親が違った言葉を違った人に話すのを聞いているということです。ですから、もし親御さんがひとつの言語でしか子供と接しなかったとしても、その子供にとっては、親は普段と変わりなく接してくれていると思えるのです。(かなり意訳です)

第四の手法は、何も考えずにいつでもどこでも使いやすい言葉を使うというものですが、これはバイリンガルでの子育ての初期に於いては余り適切な方法ではないように見えます。しかし、これ以外の三つの手法を採用した親御さんは、ある時期になると子供が親子間だけで使われる方の言葉、外国語ですね、それを話すのを嫌がるということを時々述べられます。こうなる理由のひとつは、子供が親が言葉を切り替えて話すのを見かけ、「聞き」ですかね、そうすると自分も同じ様にしたいと考えるのだと思われます。

親が子供の手本になる(The example a parent is offering a child)というのも良い影響をあたえるものです。自分の子供がバイリンガルであるか(なるか)という私の質問に対して、シモンは次のように書いています:

「断言するにはちょっと早いと思いますが、イギリスに居ながらにして娘が完璧なフランス語を話せるようになったのは確かなことです。娘は二つの言葉を話すということが気にならないようで(not seem to mind speaking)、実際、娘は私が相手に合わせて二つの言葉を使い分けるのは見ていましたからね。今の状態から考えると、娘がバイリンガルになる可能性は高い(has every chance)と思います。」

よく言われることですが、いくつかある手法は、親御さんが厳格に言語を使い分けた場合にだけ有効となります。柔軟に考えるというのも親御さんへのアドバイスですね。そうやって初めてお子さんは(for only then can children)、状況と必要性に応じて言葉を切り替えることが出来るというバイリンガルの本当の意味が解るのです。

2008年10月24日 (金)

Successive or simultaneous acquisition? ②

始めから二つの言語に取り組む(confront)と、子供を混乱させてしまうのではないかという懸念も親御さんはよく挙げられます。しかし、家庭内において、地元の言葉でない(意訳で追加)外国語だけを使う場合でも、外の世界との接触はあるわけですから(through contacts)、地元の言葉はどうしても子供の生活に係わってきてしまいます(plays some role)。順次学習の方法、即ち、子供が言葉を確実にひとつづつ(one after the other)学べるようにするには(create a situation)、家庭内でもまず地元の言葉を話し、大きくなってから(at a later age)外国語に触れさせる(introduce)という方法しかありません。

同じ外国語を母国語とする両親が、子供に対しては地元の言葉ではなすというのは、いく分不自然な状況です(in a way ... rather unlikely situation:編注訳は「見方によってはかなり起こりそうにない状況」)。しかし、子供を出来るだけ早く且つ十分に溶け込まそうとしている(want to integrate)親御さんは単純にそうするかも知れません(may do just that)。しかし、その結果、子供が全く外国語を身につけなかったという例もよくあるのです。

国際結婚をした親御さんにとっては状況は異なります。特に、夫婦がお互いにいつも地元の言葉を話している場合です。もし、"一人イチ言語"の手法がしっくり来ない(feel uncomfortable)場合、"順次学習"の手法を選択することが可能ですし、その場合、地元の言葉から始め(start off)、外国語の方は大きくなってからという選択が出来るのです。アンナ・マリアはこの状況について述べてくれました。彼女はイタリア人で英国人と結婚しています。夫はイタリア語を全く話しませんので、二人は常に英語を使っています。二人の一人娘は8才になります。

アンナ・マリアの手記です:「小さい子供に二つの言語を同時に教えるということには躊躇いがありました。この時期の子供は(the child at a particular stage in life)、まだしっかりとした土台(certain rooted structures:編注訳は"言語構造"。複数なので"土台=substructure"とした。"言語構造"はuncountableでは?)が出来ていないので、混乱が生じてしまうかも知れないと思ったのです。その頃の私のイタリア語は流暢さを失っていましたし、子供はイタリア人社会より前にイギリス人社会に接することになるので(would have been in touch with : "イタリア人社会に接するときには既にイギリス人社会に接している"というロジック)、そんな考えもあって(on those basis)、娘には英語を話そうということになったのです。

「娘は四歳の時にイタリア語に出会うことになり(was presented)、その時から現在に至るまでイタリア語で学んでいますが、家では相変わらず英語で会話しています。娘は今ではどっちの言葉でも読み、書き、話し、理解し考えることが出来ます。」

順次学習の場合、子供は、自然に言葉を身に着けるというよりは、ある程度きちんとした(more or less formal)教育を受けるというのが通常の様です。国際結婚の場合で父親が外国人の場合、この手法は特に適切であると考えられます。(家庭にいることが少ない父親が外国語を子供に伝えるのは難しいので、外国語の方はきちんと教育を受けるという意味でしょうかね?)

2008年10月22日 (水)

Successive or simultaneous acquisition? ①

子供が二つの言語を同時に学ぶべきか順番に学ぶべきかということはよく問題になるところです。現実的にはあまり選択肢が無いのが通常で、外国に移動する時に子供が既に第一言語を学び始めている(have already acquired:意訳)場合には、第二言語の習得よりも第一言語をきちんと習得する(have already acquired:意訳)ことが優先されるのは極めて明白です。

しかし、移動した後に子供が生まれた場合や、国際結婚をした場合には、どちらが良いのか悩むところです(often wonder whether)。第一言語をしっかりとさせてから(have a firm basis)第二言語に進む(introduce)べきか、最初から二ヶ国語を同時に学んで子供はちゃんとやっていける(deal with)だろうか。この点について何人かの親御さんから、選んだ選択肢での体験談とご意見を頂きました。そのひとりがカースチンです。スウェーデン人の母親で、二人の小さいお嬢さんを最初から英語とスウェーデン語で育てました。

彼女は次のように書いています:「最初から学ぶんだったら(from the start: 意訳です)、ひとつ学ぶのもふたつ学ぶのも大した違いはないと思います。いずれにせよ赤ん坊は言葉を学ばなければならないのですから、覚える物の名前がひとつである必要はありませんよね(意訳:編注訳は「名前がひとつしかないと思わせる理由は無い」)、例えばですけれど。

「上の子は二つの言葉を実に大胆に(confidently)切り替えてますし、どちらでも気疲れしない(feel at home in both)ようです。時折、英語の単語にスウェーデン語の語尾をつけ、それをスウェーデン語の文章の中で無理やり使うようなことはありますけど(スウェーデン語の単語が思い浮かばない時に、無理やり英語からスウェーデン語を作ってしまうという主旨でしょう。編注訳は???)。下の子の方はまだ言葉が出ません。でも、両方の言葉を本当によく理解しています。」

しかし、「一人イチ言語」手法を選択した母親であるシモンは次のような体験談を寄せてくれました:「いつでもどこでもひとつの言葉だけを話す、という意識的な決断をした親御さんは、他の親御さんよりも(意訳:類推追記)大変です、しかし(and)、それよりも確実に大変なのは、他の子供の二倍も学ばなければならない子供の方です。」(編注訳は???:moreが何に対してmoreと言っているのかを想像すると、他の親<当事者の親<子供、という風に読み取れるような気がします。やっぱり、親よりも子供の方が大変です!!! )

2008年10月21日 (火)

Inside and outside the house ②

「お風呂の時間が英会話の時間になり、最初からギデオンは本当に(actually)英語でおしゃべりを始めました。明らかに、息子は英語をある程度あやつれる(command)ようになっていて、それを練習する適当な時と場所を待ち望んでいたのです(had been waiting for)。しかし、息子の自信に繋がったかどうかは別にして(whether or not)も私の方が自信喪失してしまいました。なぜかというと、子供たちの世界に無数にあるおかしな物やお遊び(activities)の英名など私が知るはずもないのです(did not happen to know)。一例をあげれば、泡のご飯(soap-dish:編注訳は「石鹸皿」)、水浴びする動物たち(bath animal)、ケンケン(jumping on one foot)などなど。その上、家中の物体や場所に変てこなオランダ語(a sort of proper name in Dutch)の名前をつけてしまうのです。例えば、夫婦の寝室には「パパママペテン師」てな具合です(pappamammaskamer≒papa mama scamer :自分を置きざりにして二人で寝室に入っていくから「ペテン師」なんでしょうかね?)。 私は最初から信じられないくらい英語とオランダ語をちゃんぽんにしていたのですね。しばらくして、英会話の時間はおしまいになり、再びオランダ語一本のやり方に戻しました。」

家ではひとつ目の言葉しか話さず、もうひとつの言葉は外での付き合い専用(reserved for outside contacts)としている家庭の子供たちは、外で使う言葉が発達し始めるころには、家で使う言葉は通常はかなり(reasonable)発達しています。二つの言語の発達段階はある程度重なるものですが、これは次の話題となります。

2008年10月20日 (月)

Inside and outside the house ①

次の手法は家の中の言葉と外での言葉を使い分けることです。これなら普通は長続きしますし(easier to maintain)、夫婦の母国語が同じ場合には当然の選択です(natural to be adopted)。また、この手法を採用することであるひとつの問題を避けて通ることができます:疎外感を感じる人が出てこないのです。ですから(For this reason)、国際結婚の場合でも、夫婦が同じ外国語を話せるときは、家の中ではその言葉だけを使うというのも賢明(make sense)な選択です。

しかし、別の問題が生じてきます。子供たちが地元の言葉を覚えられず(difficult to learn)、学校に通い始めてもなかなか馴染めないことがあるのです。これが理由で、「内と外」の手法を採用した親御さんは時にして、子供たちに母国語だけを教えれば良いのか、それとも、地元の言葉を取り入れる(introduce)のも親の役目(up to them)なのかと思い悩むこともあるようです。

「子供のオランダ語を維持しようと決めたときから(Once)、家でのコミニケーションはオランダ語だけと決まり(this was to be)、子供たちは遊び場やおしゃべり(socializing:編注訳は「集団生活に適合する」?)を通じて英語を学ばねばならなくなりました。英語の発達がとても遅かったこと以外は、しばらくは上手くいっていたようでしたが、ある日ギデオンは家で英語を練習したいと言い出した(declared)のです。その頃にはもう(by that time)、息子が保育園で口を利かなくなって6ヶ月以上にもなっていましたから、私たちはそれが息子が自信を取り戻す契機になるかもしれないと考え、やむなく妥協することにしました。

我が家でも子供の英語の発達が今ひとつだったので、学校の進めもあって英語の家庭教師を付けることにしました。普通、家庭教師なんて子供は嫌いますよね。ところが息子は必至だったのか、友達と遊びたい一心だったのか、これがよく勉強するんです。次男や長女も一緒になって勉強していました。ギデオンも必死だったんでしょうね。子供ってすごいです。その家庭教師の先生とは今でも時折連絡を取り合っているようです。

2008年10月17日 (金)

The on-person-one-language method ②

このやり方についての体験談を書いてくれたもう一人の親御さんはジョエルでした。彼女はスイス出身でフランス語が母国語です。イギリス人と結婚し、イギリスに住んでほぼ20年になり、十代のお子さんが二人います。ご主人は立派なフランス語を話すのですが夫婦の会話はいつも英語です。二人は考えた末(conscious)に子供たちをバイリンガルで育てることを決め、「ひとりイチ言語」の手法を取ることにしました。

「オリビアには私がフランス語で話し、夫は英語で話しました。娘は1才半から2才になる頃には言葉も上手になり、私にはフランス語で、夫には英語で話しかける(address)ようになりました。」
更に彼女は続けます:「けれども、状況は徐々に変わって来ました。息子がフランス語を話すのを端から嫌がった(refused right from the start)のです。娘が5才、息子が2才半になる頃まで私は子供たちにフランス語で話していましたが、幼稚園に行き始めると、息子は私がフランス語で話しかけると返事もしなくなりました~それでも更に一年程は続けましたが。」

「息子が3才半になった頃、あれこれする(mess around)よりも、息子にはひとつの言葉で話しそれを身に着けてもらうことの方が大切だとの結論に至りました。二人の子供に違う言葉で接する(deal with)のが私には大変なストレスになってしまったので、英語を話すという方針に鞍替えしました(went over to)。」

この手法にはいくつか問題点があることもはっきりしています。人は二つの言葉を役割に応じて使い分けきることが出来るのでしょうか? 例えば、配偶者であり親であるというように二つの役割がとても近い場合はどうでしょうか? ひとつ明らかな答えがあります。家族の誰か一人が疎外感を覚えてしまう(feel left out)ということです。ジョエルは語ります:

「息子がフランス語を話したがらなかった(wouldn't speak)のは、おそらく、私と夫が常に英語で話していたので、息子は自分が私たちの会話からから仲間はずれにされた(excluded from intimate relationship language)と感じてしまったのがひとつの理由だと私たちは思っています。」

この問題はいつも親子間だけのものとは限りません。結婚生活が繕われてようやく保たれている様な場合(going through a difficult pach:編注訳では「苦難の時期を経過しつつある場合」)、バイリンガルの環境は夫婦間の問題を悪化させる可能性があります。ある母親が述べた様に、ある言語での親子間の会話に配偶者が入れないような状況は、「自分の家に秘密の世界」を作り出してしまうかもしれないのです。

この最後の部分は、我が家でもありました。といっても、子供たちの英語の世界に親が入れないという形でしたけれど。親に聞かれたくないような悪い言葉や汚い隠語を、親が解からないことをいいことに、平気で子供たちは使っていました。不思議なことに、女房は感がよく、しばらくすると、「今きたない言葉を言ったでしょ!」とやり返していましたけど。

2008年10月16日 (木)

The one-person-one-language method

私が話しをした親御さんの中では2組の方が二ヶ国語での子育てについて専門的なアドバイスを求めていました。母親のお一方は小児精神科医に、もう一方は小児科医に相談していました。双方の専門家から出てきた提案は、二つの言語を厳格に分ける、即ち、「ひとりイチ言語法」でした。

この手法は、バイリンガル児に関する多くの学術的事例研究でも報告(describe)されており、育児専門家からも推奨できる手法として評価されています(tend to feel that they can recommend)。確かに、国際結婚(mixed-language marriages)の様に、外国から来た片方の親だけがバイリンガルで、地元出身のもう片方の親は外国語が話せない場合には、子供のバイリンガルでの言語発達を促すには、これが唯一の手本(pattern)のようです。

この手法を使っている親御さんのひとりがシモンです。彼女は英国人と結婚していますが彼女いわくご主人のフランス語には「かなり無理がある」(very limited)とのことです。娘さんは3才前(almost three)です。彼女は南イングランドで過ごした家族の経験談を次のように書き記してくれました:

「娘に対しては、私はフランス語だけで話し、夫は英語で話しました。娘の英語の発達がフランス語に比べ早くないと感じたので、娘が2才半の時に保育園に通わせ始めました。私が毎日一緒にいる(with her)ので、プールに行くときとか飛行機に乗るときとか、英語が周りに無いという状況もままありました(there are some situations)。

「今でも娘にはこれまで通りの方法で話しているのですが、どうやら(I have noticed)娘は英語の方により興味があるようです。例えば、彼女は父親が何と言ったのか知りたがり(she asks)ますし、本にある絵を見ながら父親にどう呼ぶのか聞いたりします(asks how he says certain words)。両方の言葉のレベルが同じようになったら、娘のフランス語は食事の時と私とだけいる時に限らなければならないかもしれません。未だ決めるには早すぎますが。

2008年10月14日 (火)

Strategies

親御さんの取りうる手法(strategy)のひとつとして、「ひとりイチ言語」という方法があります。これがどんなものかというと(This is where)、両親のひとりがひとつの言語を話し、もうひとりが違う言語を話すというもので、国際結婚(mixed-language marrige)した親御さんがよく使う手です。確かに、親のひとりが地元出身で外国から来た配偶者の国の言葉を話せない場合には、この方法しかありません。例えば、イギリスに住んでいる奥さんがフランス人の家庭で、イギリス人の夫はフランス語が話せない、そして、子供たちには英語とフランス語の両方話せるようになって欲しいと思っているような場合です。

次の手法としては、家庭では「外国語」を使い、家の外では地元の言葉(the language spoken locally)を使うというもので、これは母国語が同じ夫婦(single-language marriage)がよく使う手です。こういう家庭にとっては(For them)、家族の間では母国語を使い、外の付き合い(contacts outside)では地元の言葉を使うという整理はごくごく自然です(feels most natural)。この手法は、国際結婚の場合でも、お互いに相手の言葉がある程度話せる(reasonably fluent)場合には通用します(can be applied)。

これら二つのどちらかの手法を使う場合、子供たちは二つの言語を同時に身に付けることになります。これは「同時習得」と呼ばれます。三つ目の手法に基づくと、子供は一つ目の言葉を学んでから次の言葉を学びます。こちらの方は「順次習得」「(successive acquisition:編注訳は「連続習得」)と呼ばれます(注:otherwise known asは編注訳の別名との訳よりは、前の文のwhich is known as との対比にて読み込む方が解りやすいので「それ=同時習得とは違って」、という主旨で「こちらの方は」と訳した)。子供が一定の年齢(例えば 3-5才)になるまでひとつの言語だけを使い、その後にもうひとつの言語が使われ始めます(introduce)。

第四の手法は、特に何も考えずに時と場所に応じて使いやすい言葉を使うというものです。時間、話題、相手や場所などの状況(factors)が使うべき言葉を適当に決めてしまうのです。(注:自分で決めていない、話す本人が受身である所がポイントです) ある意味、この「(受身の)手法」はほぼ全ての親御さんがどこかで(some of the time)使っています。というのも(For)、親御さんが最初の3つの手法のどれかひとつを選んだとしても、現実問題としては(practically)、いつ何時どんな状況でもそれを貫ける(be consistent)ことなど不可能だからです。もし、あなたが言語を切り替えるスイッチをお持ちなら、一日中(constantly in daily life)そのスイッチを切り替えていなくてはならなくなってしまいます。

この後のページで、これらの手法をどのように応用し、どんな成功や失敗があったかについて、いろいろなご家族に述べて頂きます。

2008年10月10日 (金)

Becoming bilingual - the children

バイリンガルでの子育てをこれから始めようとする親御さんは(new parents who have decided)、往々にしてそのやり方についてあれこれ思い悩み、アドバイスを求めているようなので、この章ではバイリンガル世帯の子供たちを楽に学ばせる為に、親御さんが取りうる作戦をいくつか見ていきたいと思います。

いろいろ具体策(possible strategy)を説明する前に強調しておきたいのですが、バイリンガルでの子育ての方法に「これが最善だ」というものはありません。それに(also)、バイリンガルな環境にいるかなりの親御さんは、バイリンガルな子育てにおいて、何をどのようにしたらよいかについて身体で感じているもの(a gut feeling: 編注訳では「直感」)をお持ちかと思います。私は、親御さんは自身のこの感覚を頼り(trust)に事を判断していくべきだと、固く信じています。

2008年10月 9日 (木)

Disadvantage

親御さんがバイリンガルでの子育てを否定する理由を説明するのに、私は多くのデメリットを述べてきました:読めないリスクを取ることになる;親が子供たちに、役に立たない言語を学ばせるという余分な重荷を負わせることになる;ひとつの母国語を持たないので言葉や文化にしっかりとした情緒的な繋がりを持てない;子供たちに自分で選択させるべきだ。

これは驚くべきことではありませんが、子供に二つの言語を持たせることを否定した親御さんが挙げるデメリットはずっと具体的です。彼らと会話をしていると、「悲惨な語(horror stories)」を実際に語り始める人もいました:バイリンガルの子供たちで、精神異常に陥ったり、どもりが生じたり、学校で落ちこぼれてしまうという事例があるというのです。しかし、私は人伝えの情報(hearsay information)は頼りにしませんし、私自身はバイリンガルの家庭環境が理由で深刻な問題を背負ったという子供にであったこともありません。

全体的には、バイリンガル養育を否定する意見は、肯定する意見に比べて幾分か説得性が少ない(somewhat less convincing)ように思えます。子供というものは、その持って生まれた自らの力で学び、育っていくものですが(have an innate ability for learning and growing)、バイリンガル養育はその成長の力を制限したり抑えつけたりするものではなく、寧ろ、それぞれの子供の潜在能力をより良く開花(develop)させるものだと私は思うようになりました。しかし、バイリンガル養育を選択すべきか否定すべきかを判断する公式などない(no rule that tells whether)のですから、親御さんは自分自身で自由に判断して頂いてよいのです。(訳終わり)

バイリンガルで子育てをしていると、本当に色々なことを考えさせられます。子供の生まれながらの力、生きようとする力というのはすごいものです。赴任当時に小学校3年生だった長男は友達の仲間に入れて欲しいが為に、身振り手振りで自分の得意なサッカーをやろうと誘いました。幼稚園生の次男は泣き上手で先生を味方につけました。子供も色々考えるんですね。

でも、それと同時に相当なストレスがかかっているいることは確かです。筆者は否定しようとしていますが、「悲惨な話」は確かに存在すると思います。二ヶ国語のストレスによりいわゆる神経症が発症することは十分ありえますし、前に述べたと思いますが、大脳基底核が言葉の切り替えのスイッチになっているのですが、このスイッチが混乱すると精神の統合に問題が生じることも考えられます。

ただ、筆者は「自分でバイリンガルにするかしないかを選択できりるような」いわば恵まれたバイリンガル家庭の親御さんとしか面談していないので、このような悲惨なバイリンガルの子供には出会わなかったのでしょう。筆者が面談の対象から外していた、政治的・経済的な理由で無理やりバイリンガル環境に追いやられた子供には、当然、恵まれた家庭とは比較にならないような強いストレスがかかっているはずで、「悲惨な話」はいくつあってもおかしくありません。

ストレスは適度で、かつコントロールされていればマイナスに働くことは少なく、寧ろ、プラスに働くことの方が多いのです。 

2008年10月 8日 (水)

Giving up

二つの言語で生きていくということは様々な面で子供たちに影響を与えますが、その全てが常に良いものとは限りません。しかし、バイリンガル環境それ自体に問題が起因するのではなく、取り巻く環境全体と、その子供がその環境にどう反応するかによるのです。

親御さんの一部は、色々な問題が生じたので自分たちの言語を子供に話すのを止め、バイリンガルで子育てをすることを諦めたと述べています。しかし普通は、子供たちがまだとても小さく、葛藤が問題として表れて来ないときに諦めてしまっています。ウラはこの事例を話してくれました。彼女はドイツ出身でロンドンに住んでいますが、スイスに住んでいる時に、最初のご主人であるイギリス人に出会いました。以下は彼女の回想です。

「長男がイギリスで生まれて直ぐにスイスに戻ることになり、そこで更に二年を過ごしましたが、その間はいつも多くの違った言葉に囲まれていました。イギリスに戻ったとき、私は息子が全くの混乱状態に陥ってしまったことに気づきました。私たちには何らかの打開策(break)が必要で、ひとつの言語に集中(stick to)するのも重要な打開策のひとつでした。その時までには次男は生まれており、英語が家庭内の言葉として十分定着(firmly established)していましたから、子供たちにドイツ語を話すべきかという疑問が再び沸いてくる(raised)ことはありませんでした。」

厳密に言えば、バイリンガルでの子育てを諦めるということは、最初からバイリンガルに育てないと決めることとは違います。しかし、実際に諦めてしまったその後になって、バイリンガルでの子育てに反対する理由(argument)が漸く見てて来た(only been formulated)という親御さんは少なくはありません。実際、バイリンガルでの子育ての途中で、それを諦めるというのは、多くの親御さんがバイリンガル養育の過程で直面する現実なのです。

2008年10月 6日 (月)

Postponing ②

今振り返ってみるに、もうひとつ言語が加わっていたら(an extra language would have been)、この子には大変重荷だったと思います。こだわらなくてよかったです。息子は今では8才になり学校では英語も教わっていますが、英語は好きみたいですね。友達も一緒に英語を勉強していますし、自分の家庭環境(background)が今では強み(upper hand)になっています。

年少期の子供たちにオランダ語で話さなかった理由のひとつとして、子供たちがプレッシャーを感じず自由に(fair~「強制」に対しての対語なので「自由に」とした)自分の希望(needs)を表せるようにする為、と述べたのは次に登場する父親です。彼はオランダ人でイギリス人の妻とイギリスにずっと住んでいます。外国から来たのが父親一人だけの場合、その言葉を維持するのはどんな場合でもかなり難しいことですが、この父親は次のような考え方もしていました:

「どんな得失があるのかを二人の息子に自分自身で考えて欲しいのです。これまでは彼らはそれ程(that offten)オランダには行ってませんでしたが、昨年は自分たちだけで暫く滞在していましたし、今後も大きくなるにつれもっと頻繁になるでしょう。最終的に彼らがオランダ語を身に着けたいと決めるなら、勿論、私は協力を惜しみません。」

問題は勿論、親御さんがバイリンガル養育についてどんな決断をしても、子供たちの将来を親が子供たちの代わりにに決めていく(children's future is being decided for them)ということに変わりはないことなのです。子供たちも大きくなれば自分自身で選択することが出来るでしょう。しかし、この選択も、親から既に学んだことや学ばなかったことによって制限されてしまう(be based upon)のです。(バイリンガルの親御さんの)モノリンガルな子供たちは、自分たちが一ヶ国語しか知らないということについて、徐々に良い点と悪い点を見出していくでしょう。しかし、大きくなって二番目の言葉を学ぶことと、最初から二ヶ国語で育てられたということとは決して同じではないのです。

親の責任というのを痛感します。でも、親は子供に代わって選択・決断をしなければならないときがあります。何の責任もないのに、我が家の3人の子供たちは、在る日突然、言葉が全く通じない学校に放り込まれました。Kindergartenだった次男は、Grade3にいるお兄ちゃんを泣きながら教室まで探しに行きました。酷な選択をしたかとその時は悩んだものです。でも、不思議なもので親が投げ出さず、悩めば悩むほど、子供たちの世界のバランスは調整されて行くのです(家庭のホメオスタシス)。
そして、今では、子供たちは自らの選択でバイリンガルの道を選んでいるようです。(我が家では親はバイリンガルではありませんが、子供ら3人がバイリンガルなので、一応、バイリンガル社会が出来上がっています)

2008年10月 2日 (木)

Postponing ①

勿論、バイリンガルでの子育てについて結論を先延ばしにするということも可能です。もし親御さんが子供の小さい時にはバイリンガルでの子育てを否定していたしても、その後のバイリンガル環境(bilingual experience)を一切否定するということには必ずしもならないからです。むしろ、子供たちがある程度大きくなって子供の能力をより掴めるようになるまで待ちたいと思うのです。更に、ある親御さんは、子供自身の意見もある程度尊重すべきで、子ども自身がもうひとつ言語を学ぶ必要性を周りに伝える(express)べきだと思っています。

メアリーはイギリス人で、14年前にフランス人と結婚してからフランスに住んでいます。彼らの家はパリ北部の小さな村にあります。彼女は次のような話をしてくれました:

「長男が生まれた時、私は仕事に復帰し、長男はフランス人のメイド(woman)に面倒を見てもらうことになっていました(I knew)から、ごく最初から英語で子供に話すのはよくないことと思えました。長男が1歳半になった時に私は仕事を辞め、今こそ(now is the time)英語を始める時ではないかとも考えましたが、息子はまだ言葉が全く発達しておらず、二つの言葉で混乱させりよりは、ひとつの言葉で発達を促す(encourage:編注では「自信を持たせる」としているが、1歳半の幼児の言葉が出ないのは自信がないからではなく、発達段階の問題であると考えられるので、「発達を促す」とした)のがよいのではと思いました。結局のところ、息子は三歳になるまで言葉が出てこず、その後も学校でやや問題を抱えていました。

2008年10月 1日 (水)

Firmly rooted ②

この家族で興味深い点は、ロッテのご主人はイタリア語の講師であり、海外旅行の殆どはイタリアで過ごしていると言う点です。子供たちが異国語に親しみを持っているというなら(if)、それはイタリア語であってデンマーク語ではないのです!  滞在中の私の印象では、この親御さんは、子供たちが開かれた心を持って他の民族や言語そして文化に接することの出来るように育てようとしているのですが、デンマークの言葉と文化については、表に現れる程には形成されていないという印象でした。

(注) not made to figure

編注では、「(親が)心掛けている」と解説していますが、これは、「parents made Danish language and culture not to figure」とmakeしたのはparentsであるという想定に基づいています。しかし、デンマーク語よりはイタリア語の方に親しんでいる子供たちをしてデンマーク語と文化が目立たないように敢えて心掛ける必要はなく、ここは寧ろ、副題であるfirmly rootedの主旨に照らし、他国に心は開かれているが、デンマークにはrootedしていないという主旨と捉え、「parent's upbringing made Danish language and culture not to figure」を受身にしたものと解釈してみました。

同じような理由で、少なくとも早い時期からは子供を二ヶ国語で育てないとしたのはクリスティーンでした。彼女も、子供がひとつの言語にしっかり根ざすことが大切であると考えているのです。クリスティーンはイギリス人ですが、オランダに住みオランダ人と結婚しています。彼女には8才と5才になる子供がいますが、就学期になるまでは主にオランダ語で話しをしていました。クリスティーンのこの決断は特に注目に値します。何故なら、イギリス人の親御さんが子供に英語で話すのを止める、などということを実際に期待することなど出来ないからです。特に、他言語が通常はあまり役に立たないと思われているときはそうです。

しかし、彼女は次のように書いています:「子供たちが小さかった時は、子供たちにとって最も大切なことは、母国語を持ち、その母国のことばと文化を情緒的な拠り所(be emotionally based in)とすることだと思っていました。 ひとつの言語を100%習得することの方が、二つの言語を90%習得するよりも大切だと思っていたのです。100%習得した言語と社会的・情緒的なつながりを持つことと、どちらにも属していないと感じてしまう危険性を孕みながらも二つの言語を持つこと、この二つを天秤にかけなければならないのです。」

しかし、彼女は次の様に付け加えます:「最近は考え方が変わり、この考え方へのこだわりは減りました(attach less weight to this point of view)。」

どうやら彼女は二つの言語が共存出来るとういうことに今では自信を深め(more confident)、子供たちにもより頻繁に英語で話しているようです。私が面談を通じて得た心証(the evidence ... suggests)では、二つの言語の共存は可能であり、実際、多くのバイリンガルの家庭でうまく共存させているのです。

2008年9月30日 (火)

Firmly rooted ①

バイリンガルの家族に共通する特徴は両親の少なくともどちらか一方は母国に住んでいないということです。ある人たちにとっては、外国への引っ越しは一生に一度の出来事です。一方、それに味を占めて(develop taste)、定住するまで幾度と無く動き回る(travel around)ひともいます。後者の人たちは自分たちが故郷(strong root)を持たないことを受け入れていたり、寧ろその方が心地よいと思っているのかもしれません。それでも(but ... still)、自分が親になったときには、故郷と呼べる場所と母国語を持つことが、その子供にとっては大切だと思うのかもしれません。

ロッテはデンマーク出身で、私が面談したある親御さんの姉妹で、イギリス人のご主人と北イングランドの小さな学園都市に暮らしています。私は、この姉妹から、彼女らの知人にバイリンガルの親が多くいるので会いに来ないか(go and stay)と誘われました。

ロッテは次のように語りました:「私はヨーロッパのある大都市の中流家庭で育ち、二十歳の時にイギリスに来ました。主人はイギリス人ですが、子供の頃にオランダとドイツに少し住んでいたことがあります。私たち二人は棲み処について特定の愛着はありませんが、子供たちは北イングランドの小さな町で生まれ育ったので、彼らの人生観は影響されていると思います。もし、彼らが将来この地に二度と戻らなかったとしても、彼らは故郷の存在を感じ、それは他のどこでもないでしょう。

「子供たちはバイリンガルではありませんが、いつも外国人客がいますし家族みんなで海外旅行もしますので、異国語や異文化に親しみを持っていると思います。私は、異国の言語が上手になるよりも、違う生活様式を認め敬意を払える(with tolerance and respect)ように子供を育てることの方が大切だと思います。」

2008年9月29日 (月)

The utility principle ②

マリアンもそのうちのひとりです。彼女はオランダ出身でフランス人のジョージと南仏に暮らしています。彼女と私はアムステルダムで二人が学生だった頃からの知り合いで、彼女にも質問状を送っていました。彼女は次のように書いています:

「私がジョージと12年前に出会ったときは英語でコミニケーションしていましたが、二人でフランスに移住してからは、すぐにフランス語が二人の共通言語になりました。三人の息子たちは、7才、5才、3才になるのですが、みんなフランスで生まれており、私たち二人共フランス語で話しをします。時々、"子供たちにオランダ語を教えようと試みもしなかったのは、私が怠け者かなっていない(lack of discipline)からだろうか?"と思ったりしまが、フランス語で育てるのがなんと言ったって一番楽なのです。その上、オランダに実際に暮らしている人以外で、オランダ語が必要な人なんているのでしょうか? それに、我が家は色々な言葉を話す人でよく一杯になるので、子供たちは様々な音声に耳が馴れているのです。ですから、学校で他の言語を学び始めても直ぐに理解できようになると見込んでいます。

しかし、ここで覚えて置かなければならないことは、ある言語が母国語として存続していける(preserved by its native speakers)かどうかは、その言語の利便性だけで決まるのではないということです。ある言語が使い続けられるかどうかは、何よりも、自分たちの言葉に対する気持ち(attitude)によるのです。非常に多くの少数言語が、世界の至る場所で、幾多の歴史の場面で、そして実に様々な理由で生き続けているということが知られています。 所で(however)、少数言語の消長やその理由に関する研究はそれでひとつのテーマとなるべきもの(in its own right)であり、又、この本では全体傾向や理論というよりは個々の家族について述べておりますので、このテーマについてはこの本の射程外となります。

2008年9月28日 (日)

The utility principle ①

言語の利便性は「効用論」(utility principle: 編注の"実用主義"はpragmatismの訳?)とも呼ばれていますが、ここまで数回出てきています。これは、バイリンガルに関してよく出てくる話題なので、この「効用論」についてもう少しお話してみましょう。

ある言語が他の言語より役に立つ、などと言うことが出来るのでしょうか? 英語はコミニケーションの方法として世界中の人に使われていて、少数の人にしか使われていない言語より役に立つということは確かにできます。フランス語も同様によく役に立つ言語と考えられ、その結果、英語とフランス語のバイリンガルに子供を育て上げるというのは、普通はかなり肯定的に捉えられています。しかし、デンマーク語とオランダ語を維持させるような場合には、子供にとって余計な負担以外の何者でもないと思われがちです。

オランダ人自身も、オランダ語は一般的にさほど便利な言葉ではないと指摘し、自分の言語を擁護しません。第二章で見てきたように、オランダ語を母国語とする人たちは通常、外国語を話せることがとても自慢で、オランダ語を学ぼうとするひとの理由が理解できません。同様に、海外に住むオランダ人にとって、子供のオランダ語を維持する強い動機は見当たらないのです。

2008年9月27日 (土)

A bilingual background

私が話をした人全てがイングリッドやジョンのようにはっきりした意見を持っているわけでは必ずしもありません。しかし、大抵の人たちにとって、子供たちを二ヶ国語で育てなかった理由ははっきりしています。これは驚きかもしれませんが、バイリンガルには育てないと決断した親御さんの中には、自分自身がバイリンガルの親御さんがかなりいるのです。ジャーニンもその内の一人です。彼女はベルギーのフランス語地域出身ですが、幼少期をいろいろな国で過ごしました。彼女はイギリス人のご主人とブラッセルで8年前に出会い、その直後に一緒にロンドンに移住して4人の子供をもうけています。 彼女は、子供にフランス語で話さない理由を次のように語ってくれました:

「わたしにとっては英語がごく自然なのです。私はフランス語で育ったのですが、もう長いこと英語が私の生活の一部です。10代の頃に住んでいたキプロスでは英語で教育している中学に通っていました。出会った頃、ジョンはフランス語を勉強していてそこそこ上手に話せましたが、フランス語に囲まれたような状況でも、二人は英語を使うのが普通でした。自分の家で子供たちにフランス語で話していたら、自分ではないような気がするでしょうね。ゆくゆくは子供たちにはフランス語を話して貰いたいと思いますが、始めから二ヶ国語で育てなかったことを後悔するかどうかは、時が経ってからじゃないとわからないでしょうね。」

私が話をした相当数の親御さんが、異言語間結婚の子孫であったり、小さい頃に両親と海外に移住した人でした。二ヶ国語で育つという肌身の(first-hand)経験があると、自分自身の子供に関する決断にどう影響するでしょうか? 私は、二つの対照的な(distinct)パターンを見出しました。バイリンガルの経歴のある親御さんの中には、バイリンガルでの子育てを踏襲していく(continue the tradition)ことに特に誇りを持ち、前章で見てきたように、意識的にその決断をする方もいます。しかし一方では、新しい言語に余りにも馴染み(feel at home)過ぎた結果、母国語との切り替えがかえってぎこちなく(artificial)なってしまい、子供たちと過ごした二ヶ国語での時間をもう繰り返したくないと思う親御さんもいます。

ミークは21才の時に両親、弟、妹と一緒にオランダからオーストラリアに渡りました。彼女は6年後にイギリス人と結婚してイギリスに移住しました。 彼女曰く:

「私は子供が出来る前にイギリス流の暮らしを身に着けました。子供にオランダ語を教えようと考えたこともありませんし、子供たちもそんな興味を示したことは全くありません。良い英語を学ぶ方がよっぽど大切だと私は思いましたし、オランダ語はそれ程役に立つ言葉ではないと私には思えます。」

2008年9月26日 (金)

Options ②

ジョンは次のように続けます:

「私は基本的にはバイリンガルに育てることには反対なのです。只でさえ(as it is)コミニケーションは十分に難しいものですし、子供の心にとっては危険が伴います。私は過去に不幸な結果を見ていますし、子供たちを混乱させたくありません。私自身は言語学が専門(background)ですが、異言語を学ぶということは才能だと信じています。この様な才能がある人であれば、年齢が進めばいつでも身に着けることが出来るのです。」

イングリッドはここで付け加えます:

「私はことばとしての英語が好きです。そしてノルウェー語を子供に話すのが回りで自分ひとりだけだった時は、ばかばかしく思えました。その上、誰がノルウェー語を必要としますか?」

彼らの二人の息子さんは今は十代です。ご両親によるとお兄さんの方は英語とノルウェー語のバイリンガルではないとしても、確かに言葉への才能を開花(develop)させ、学問的に勉強するのは好きではないのですが、新しい言葉を話すことに苦労はない(find easy)ようです。

そして、ご家族がオランダに住んでいる間、子供たちは英語学校に通っていたにもかかわらず、彼はテレビを見ているだけでもある程度オランダ語を覚えたのです。弟に関しては、英語だけを好み、それしか必要な言語はないとご両親は確信しています。

(解説)

「異言語を学ぶことは才能」

生成文法の考え方、即ち、もともと脳の中にある文法の原型を実際の言語に当てはめるだけ、と考えると大変な苦労でも才能でもありません。人間の誰しもに備わっている能力なのです。但し、学び方の入り口を間違えて、言語学的に語学を学ぼうとすると、勿論大変なことになってしまいますが。

このご家庭では兄と弟の語学能力、というか、語学への関心といった方が適切かと思いますが、に差が生じてしまっていますが、これを単純に才能の差としてよいものかは疑問が残ります。オランダに住んでいたときのお子さんの年齢が何歳であったのかは定かではありませんが、その時、兄しかテレビを見れる程の年齢に達していなかったとしたら、兄はオランダ語を聞くことで、脳の言語領域を言語共通領域(母語中心)と言語特異領域(オランダ語+母語)に分化させ、その分化した構造を進化させて後に語学での才能を発揮したとも考えられます。

2008年9月25日 (木)

Options ①

私が面談のために到着したとき、イングリッドとジョンの二人ともご在宅でした。夕方一杯私たちはバイリンガルで育てることの良い点と悪い点について話し合いました。彼らが数年を過ごした、わがいとしのアムステルダムの街は、私が育った所と同地域で、その話になると、時折会話が横道にそれてしまいます。しかし、私はバイリンガルの子供たちの話とその親御さんの経験談を聞きにそこにいるのです。それでも、家を辞するころには私は多くのことを知ることができました。以前にまして、この話題に関しては同じ話は二つとはないということも解りました。

ジョンはイギリス人で、英語とフランス語のバイリンガルの経歴があります。彼は大学で言語学を学びましたが、今はもうその分野では働いていません。 イングリッドはノルウェー育ちのノルウェー人です。 二人ともスイスで働きながら学んでいる時に出会いましたが、結婚生活の殆どはイギリスで過ごしています。彼らが色々な言語を好んで学ぶということは、オランダに住んでいたときにオランダ語の会話を二人とも身に付けてしまったということからも窺い知れます(illustrated)。

ここまでの所では、極めて普通の異言語間結婚です。彼らが普通でないところは、言語に対する彼ら自身の興味と能力とは裏腹(notwithstanding)に、子供たちをバイリンガルに育てないという決断をしたことなのです。 イングリッドはこう始めます:

「一番上が生まれた時は私は実際にノルウェー語で彼に話しかけていました。その時はフランスに住んでいて、いずれにせよ周りに英語は無かったからです。しかし、彼が1歳半の時にイギリスに来て、それからは彼とその弟には英語しか話さなくなりました。

2008年9月24日 (水)

Deciding against a bilingal upbringing

子供をバイリンガルの家庭環境で育てた経験について話をお聞きしたい、と電話をかけて頼んだ時、こんな答えがたまにあります:「結構ですが、私の子供たちはバイリンガルじゃありませんよ」。 そんな時 私は、私の興味は「成功談」だけではなくて、お子さんを二ヶ国語で育てたか否かにかかわらず、その親御さんのあらゆる経験談なのです、と説明します。そうすると、子供をバイリンガルに育てなかった理由について喜んで語ってくれるようです。そこで、子供たちがどういう風にバイリンガルになるかについて論ずる前に、まず、なぜ一部の親御さんがバイリンガルで育てない、という決断をしたかについて見ていくことにしましょう。

親御さんは子供を育てるときに、どうやって何が重要かを選ぶのでしょうか? まず、彼らの幼少時の記憶はみんな異なります。みんな違った道のりを経て、違う理由で親となり、人生に期待するものも異なります。これら全てのことが子供の育て方に影響を与えるのです。そして、バイリンガルでの養育は、親御さんが決めなければならない数多くの側面のたったひとつのものでしかないのです。 バイリンガルで育てることを否定した決断をいくつか見ていくことで、そしてその決断の裏にある理由についてさらに探求していくことで、これからの親御さんには、情報に基づいた責任ある選択をして貰えるのではないかと思います。

2008年9月23日 (火)

Advantages

ここまで、親御さんが子供をバイリンガルに育てる決断をした理由とその状況をいろいろと示唆してきました。今までの所、ここで述べられてきた理由は全て少なくとも子供のためであると同様程度に親御さんのためでもあるように思えます。しかし、これは驚くべきことではないのですが、二つ以上の言語を身に着けている(have around)ことに支持的である親御さんは往々にして、それが子供たちにもたらす利点を山ほど並べ立てます。

バイリンガルに育つことの利点を問われた時に、ある父親はただ「無数」とだけ書きました。他の人はもう少し具体的なのですが、良く見られる答えは、「二つの言語が解ると3つ目や4つ目の言語を学びやすい」、「将来、仕事で役に立つ」、「自身が高まる」、「他人に対して寛大で偏見を持たなくなる(tolerant and open-minded)」、そして「より多くの選択肢と機会が得られる」です。アーニーとそのご主人は英語が母国語ですが、二人の子供をフランスで育てました。彼女はこう書きます:

「明白な利点は、一つだけではなく、二つの世界が開かれているということです。その上、ごみ収集人から隣の著名人(distinguished neighbours)に至る誰とでも会話が出来るので、その国の人たち特有の思考回路が、言語を通じよく見えてくる(become familiar)のです。従って、将来、例えば仕事の世界では、単に言葉のやり取り(converse)をするだけではなく、相手をきちんと理解した上で対応することが出来るようになるのです。」

私が話した親御さんの中で一人だけですが、バイリンガルに育つことの子供たち自身にとっての利点について問われた時、幾分皮肉を込めて次のように語りました:

「私は語学を学んでいましたが、確かに、バイリンガルの経歴のある人は我々よりもずっと先を歩いています。もし、同時通訳になるつもりであれば非常に有利なのは疑いはありません。でも、何人の子供たちが実際にそれを職業として選ぶでしょうかね?」

(考察)

having more than one language (spoken) around

編注では「ひとつ以上の言語が身近で話されている」と上記のカッコ内のspokenが省略されているものと看做して解されています。しかし、ここでは内容的には「バイリンガルであること」と同義に使っているようなので、having more than one language around (children)とchildrenが省略されていると看做し、(子供たちが)二つ以上の言語を身に着けると訳しました。

distinguished

編注では「人品卑しからぬ」と解されていますが、解りやすく「著名人」としました。

tolerant and open-minded (to onself, or, to others)

これは二つの解釈が出来る表現かなと思います。

①自分に対しての場合: 第二言語は最初は不自由です。不自由な世界で生きていく方法を学ぶことにより、逆境に強くなり、又、不自由な言葉で自分を表現するために、回りくどくなく率直に自分の考えを述べることを学ぶ。

②相手に対しての場合: 不自由で格好の悪い経験を自分自身がしているので、相手への共感力が育ち、相手に対して寛容で偏見をもたなくなる。

ここでは②で訳しています。

不自由な言語を使う経験を自らしていることで

2008年9月21日 (日)

Changing circumstances ②

ジーンネットの場合にはここまで極端ではありません。状況というのは普段思うより早く激しく変わることもあります。私が話しをした母親の中で、子供を連れて再婚し外国に移ったのは彼女だけではありません。小さな子供にとって変化に対応すること(transition)は簡単かもしれませんが、それでも子供たちは何もせず自動的に新しい言葉を身につける訳では必ずしもありません。そして、学校で使われる言葉が徐々に子供たちにとってより重要な言葉として取って代わってしまうので、元の言葉を維持するというのはなお更に自動的ではありません。

いつの時代でも、人生は私たちに突然の方向変換を強いるものです。離婚した後何が起こるのか、親のどちらかが死んだらどうなるか、そして、残った親が祖国へ帰る事を考えたときにどうなるか? 私が話をした親御さんで、子供を二つの言語で育てる理由として、片親になって祖国に戻る可能性があるからと述べた人は実際にはいません。結局は、人生の出来事の全てを予想したりそれに備えることなど私たちには出来ないのです。しかし、母国へ帰るという結末は心の隅にはあることでしょう。そして、このような決断をする時には色々な問題に配慮することが必要になります。そして言葉の問題はその一つでしかないのです。こういう状況に向き合わざるを得なくなった人にとって現実がどのようなものか見て行きましょう。

ムーシーは14年前にイギリスからパリに移り住んでフランス人と結婚しました。5年前に二人が離婚した時に子供は7才、3才と2才でした。彼女はその時の状況を次のように話してくれました:

「私はイギリスに帰ろうと思ったのですが、そこでは仕事も適当な家も見つけられないことが判りました。ここにいれば外国語として英語を教えることで少なくとも何がしかの生活費を稼ぐことができます。子供たちは英語を理解しますので、私も時には彼らと英語で話します。離婚した結果、結婚していた時よりも英語を話すことがとても多くなり、フランス語を話すことがかなり少なくなったのです。しかし、子供たちはやはりフランス人の子供なのです。彼らが生まれたとき、私は彼らは一つの国にしっかり根ざすべきだと決めたのです。私がそういう経験を持たないものですから。私にとっては子供たちがここを故郷と感じることが大切なのです。私自身はフランスの生活様式に溶け込むという望みを捨ててしまったのですが。」

2008年9月20日 (土)

Changing circumstances ①

自分の子供たちを二ヶ国語で育てようという決断は一度すればそれで終わりというものでは決してありません。状況が変わったり、予想していなかった反応が子供たちから出たりして、親御さんは方針変更を強いられることもあります。子供たちに二ヶ国語を同時に教える決断をするにせよ、最初の言語が確立してから二つ目を学ぶというプロセスを踏ませるにせよ、もしくは、子供たちが二つ目の言語を身につけてから最初の言語が追いつけばよいと考えるかにせよ、親御さんは幾度と無くバイリンガルでの子育てについての選択をしなければならないのです。そして、子供たちがバイリンガルになり、又、あり続けるためには、努力が必要なのは常に親御さんの方なのです。

ジャネットは彼女の子供が9才、10才、そして12才の時にオランダから移り住みイギリス人と結婚しました。彼女の顛末です:

「私の最初の心配事は子供たちが英語を学ぶ、ということでした。そして、オランダに住んでいた頃から実際に教え始めたのです。週に二回は英語のレッスンの時間をとりましたし、宿題さえ与えました。イギリスに移る前に短期間ですが休暇をイギリスで過ごしました。そしてその時の子供たちは、自分たちが言葉を殆ど知らないことを思い知り、とても落胆していました。しかし移住を済ませ、子供たちが学校に通い始めてからは、英語は瞬く間に出てくるようになったのです。特に、3人の中で一番小さい男の子はそうでした。彼らはみんな学校では補習授業を受け、家では当初から食事の時に英語で話すようにしていました。」

「そして今や3年が経ちましたが、問題は180度逆転してしまったのです。私の今の心配事はオランダ語の保持です。そしてそれは思っていたよりも難しいことであることが判りました。私の子供たちは言葉が十分確立する年齢に達していたので、忘れることなどあるまい、と私は思ってしまっていたのでしょう。しかしそれは、実践的(really)に保持する努力をしていた場合にのみ当てはまるのです。さらに、私たちはイングランド北部に住んでいましたのでオランダに行くためには相当に努力をしなければなりません。この結果、子供たちは、私が望んでいた程には実践(practice)出来なかったのです。」

ジャネットのケースは我が家のケースに良く似ています。出発前に英語を教えたけれど役に立たなかったこと、学校に行き始めたらあっというまに英語が身についたこと、そして、3年過ぎたら日本語の保持が困難になってきたこと、そして最後に、5年半の間に2回しか日本に帰国しなかったことです。

子供の成長というのは、驚きの連続です。 それはバイリンガルであろうがモノリンガルであろうが「全く」同じです。 同じなのですが、日本で教育を受けているとその驚きを直接に感じる機会が残念なことに少ないのです。回りは似たような背恰好の子供たちばかりで、同じような教育を受け、同じように成長しているように「見える」。 子供の変化が回りの多くの子供たちの中に埋もれてしまうのです。

バイリンガルであると、その二つの言語と二つの文化の間の成長のずれや、その間の葛藤が生じるため、モノリンガルであれば表面化してこない問題点が親にとって見やすくなるのです。

バイリンガル教育とは言わないまでも、お稽古事とか、スポーツとか、学校や塾とは違った次元の刺激を与え、親も違った角度から子供を見つめることで、忘れてしまいがちなこどもの成長の「驚き」を感じることができるかもしれません。

2008年9月19日 (金)

Language and culture ②

「私たちは子供たちはハンガリー語と英語の両方で育てようと決めました。私は長女が生まれるまで、ロンドンの職場に何年も働いていたので、英語で話すことに何の苦もないのですが、私と夫にとってはハンガリー語が常に主たるコミニケーションの言葉でした。二人とも、8才と6才になる娘たちに話しかけるときはいつもハンガリー語です。一方、娘たちは、学校や外の世界に触れることで、英語が徐々に、より重要な言葉として取って代わってきています。 しかし夫は、子供たちと一緒に読み書きの練習をするなど、極めてまじめにハンガリー語を維持する努力をしています。何か、大人になって学び直している感じです。」

住んでいる国の言葉ではない言語(a foreigh language)を維持するという決断は、同一言語を持つ相手と結婚した夫婦と、異言語を持つ相手と結婚した親御さんとは異なります。共通した母国語を持つ両親が母国語を子供に話す方が、ひとりだけ異なる母国語を持つ片親がその母国語を話すより簡単なのです。しかし特に子供たちが学齢期になった後は、自分たちの言語と文化が子供たちに確かに伝わるようになんらかの係わり合いをすることが親御さんにとって必ず必要になります。 

ズーゾーと彼の妻は、スペインのカタロニア出身で、共にイギリスに住むようになって14年になります。彼が指摘するには、彼の13才と10才になる子供たちは、私の最初の憶測通り、スペイン語と英語のバイリンガルではありませんが、実は、カタリニア語と英語のバイリンガルだというのです。カタリニア語は、長年の抑圧にもかかわらずスペインで守られてきました。そして、この夫婦は、母国から遠く離れていてなお、伝統を貫こうとしている様なのです。スーゾーのこの決断は、これまでのところ望まれた結果を出しているという印象を受けました。しかし、彼が更に主張するには、言葉を維持するだけでは不十分だというのです。彼曰く:

「もし子供たちに自分たちの言葉を教えたいなら、自分たちの文化も教えなくてはいけません。ある移住者は自分たちの歴史さえ知りません。これでは子供たちに母国に誇りを持つことなど期待できないのです。」

前回、日本人会の話をしましたが、驚くことに日本人会と並列して、県人会も実に多く結成されているのです。

何故、県人会なのでしょうか?

今年はブラジル移住100周年ですが、ハワイにしてもブラジルにしても、私のいたマレーシア(ボルネオ)にしても、その昔に海外に移住人たちは、狭い日本に耕作地もなく、仕事を求めて出て行ったのです。ですから、その出身県も似たような所が多く、おそらくはその仲間達が助け合いながら暮らしていた、その名残が県人会なのかもしれません。

映画、サンダカン八番娼館で有名になった、ボルネオのサンダカンの日本人墓地を訪れたことがありますが、こんな所に、日本からはるばるやってこなければ生きていけなかった人たち。 ブラジルだって、飛行機に乗っていってもかなりしんどいところです。そんな地球の裏側にまで行かなければならなかった人たち。 私の遠い親戚にも、ハワイに渡った人がいます。

寧ろ、こういう離れた所に、こういう離れたところで文化を維持している人たちの中にこそ、ズーゾーの言う「母国への誇り」が皮肉ながら残っているのかもしれません。

2008年9月17日 (水)

Language and culture ①

言語はそれ以外の生活と切り離すことは出来ません。国の言語はその国の文化とほどきようもなく繋がっており、二つを切り離す方法はありません。私は、これを強く意識している人に出会いました。大抵の面談に於いては、情報提供者は遅かれ早かれ言語と他の生活面との関係について触れてきます。その関係というのはいつも単純で簡単なものばかりではありません。しかし、親御さんが良く述べるのは 二つの言語だけではなく二つの文化と共に生きていくことが一体何を意味するかを見つめることなく、バイリンガル養育の実情について語ることは出来ないという現実をよく述べていました。

フランソワはフランスから来てロンドンに住んでおりご主人はイギリス人です。彼女は単純明快に述べてくれました:

「言語は生活様式そのものです。食べ物であり、規律であり、子供が寝る時間であり、つまり、自由な時間の使い方なのです。私の子供たちは二つの使い方を知っています:イギリスではイギリス人の子供になる方法を知っていますし、フランスではフランス人社会の一員になれます。」

親御さんが自分の子供たちにバイリンガルになって貰いたいと考える大きなな理由のひとつは、子供たちにもう一つの国の文化をよく知ってほしいと思っているからです。自分たちの祖国(background)に強い思いのある人たちは、子供たちに自分たちの言葉を教えることは(それが唯一の方法でないにしても)、自分たちのアイデンティティを伝えていくひとつの方法なのです。

ヨハンの両親は彼が9才の時にハンガリーからオーストリアに移住しました。大人になって彼はイギリスに渡り、教育と訓練を通じて必然的に、英語が自分を最も流暢に表現できる言語になっていました。しかし彼は、家族がオーストリアでハンガリーの言語と文化を失ったことをいつも後悔しています。彼の妻は同じくハンガリー人で結婚と同時にハンガリーからイギリスに渡りました。私が彼女に話しかけると彼女は次のように語りました:

言語と文化の関係についてはあちこちで述べられていますね。マレーシアのクアラルンプールにしても、ブラジルのサンパウロにしても、日本人の多い都市には日本人クラブなるものが存在します。そこには、日本食材があり、お茶屋お花の教室とともに、図書館があります。私は5年半クアラルンプールに住んでいましたが、実は、最初の2-3年は日本人クラブを訪れたことはなかったのです。又、その必要性も感じていませんでした。

実際、日本から一時的に赴任している駐在員の人たちはあまり日本人クラブを利用しないようで、寧ろ、定住してしまった人や、日本人と国際結婚した家族の方が多く利用しているようでした。日本に帰る予定がある駐在員にとっては、日本人クラブの、「文化を維持する」という機能はあまり大切ではないので利用率が低いのでしょう。

我が家の場合は、子供たちの頭の中がほぼ完全にアメリカ人になってしまったので、3年を過ぎたころには1-2週間に一度は日本人クラブを訪れ、図書館で本(といっても漫画ですが、それでも日本語!)を読み、食事をするという習慣になっていました。

2008年9月16日 (火)

A matter of taste ②

(前回の解説です)

最後のパラグラフがちょっと難しいです。

「言葉発達は自然の成り行きに違いない(language development should be natural)」とご主人は述べています。フランス語で話しかけることが自然であったときは、ご両親はフランス語で話しかけていました。そして、今度は子供たちが英語で会話するようになったら、それに合わせて英語で話しかけるようにしています。自然の成り行きであるが故に、その成り行きを妨げることなく、両親は子供たちに寄り添おうとしているのですね。

「どうせ英語漬けになるのだから家ではフランス語で話そう」という当初の考え方を改めず、子供たちが英語で話しているときにフランス語で話しかけていたらどうなっていたでしょう。子供たちはフランス語で応えなければならないのか。親がそれを求めているのか。それとも、楽な英語で応えてよいものか。こう悩んでしまいますね。これがこのご両親が避けようとした葛藤状況(conflict situations)です。

こういう葛藤状況にあると子供には欲求不満が溜まり(build up any resentment)、自然の成り行き(の言語発達)が妨げられてしまいます。これを避けたかったのですね。所で、resentmentを欲求不満と翻訳することには異論もあろうかと思いますが、葛藤で生じるのは欲求不満というのが自然ですので、意訳しております。

この様に、既定方針にとらわれず、「実践的な観点(pragmatic standpoint)」を持つことが出来たのでごのご両親は成功したと筆者は述べているのです。

この「自然な成り行きに違いない」という推測は、前にも述べました様に、チョムスキーの生成文法という理論や最近の脳画像研究から今は確かなものと考えられています。言語の発達には脳に於けるルールがあるのですから、親の恣意的な操作は往々にして害になることが多いのです。

このご家庭の成功は、「フランス語をまずしっかりさせた」ということかと個人的には思っています。我が家の場合の「英語をまずしっかりさせた」ことと似ています。フランス語がしっかりすると英語もしっかりする。我が家の場合は、英語がしっかりすれば日本語もしっかりする。これが理想です。 

勿論、理想通りにはなかなか行きません。英語の習熟度や日本に戻った時の年齢にも大きく左右されます。 因みに3人の子のうち一人は、8才で帰国した直後は日本語がボロボロでしたが、中学受験の時には、国語が最も得意な科目になっていました。よい先生に出会ったんです。

テストで国語の点数が恐ろしく悪くても、「この子は必ず国語が得意になる」と一生懸命指導してくれたんですね。 確かに読書好きで、英語では学年レベル以上の本を読んでいましたから、言語能力の基礎は出来ていたのだと思います。 それでも、それを見出せるその先生は本当にすごいものだと今でも感謝しています。

2008年9月15日 (月)

A matter of taste ①

バイリンガルな子供たちや親御さんに関する情報収集をしていると、親御さんのどちらかもしくは両方が語学に対して特別な興味を持っている家庭に出会うことが良くありました。このような興味があることは、外国から来た人と結婚したり、自分自身外国に移住したりする為の必要条件ではないかもしれませんが、助けになることは確かです。そして、多くの人にとって、大学で学んだ言語が話されている国に住む結果になることは、ただの偶然ではないのです。

この様な経歴を持ち、自分自身も語学を学ぶことに熱心な親御さんは、大抵は子供をバイリンガルに育てることにも非常に熱心です。しかし、他の親御さんと同じように彼らも事に当たっては実践的な観点を持たねばなりません。それに確かに成功したのはこの親御さん達です:マリー・ルースはフランス人でご主人はイギリス人です。二人ともイングランド北部の大学でフランス語を教えています。私が面談に訪れた時には二人とも在宅中でした。

マリー・ルース:「二人が出会ったときはお互いに相手の言葉をかなりすらすら話せましたが、結婚以来イギリスに住んでいたにもかかわらず、二人の会話は大抵フランス語でした。マキシムが生まれたときもフランス語で話しかけるのがごく自然でした、それが我が家の言葉だったからです。そればかりか、英語に触れさせる前に、フランス語をしっかりさせようと思いました。いずれにせよ英語は学ぶことになるのですから。それに、もし英語が第一言語だったとしたら、彼にしてみれば、フランス語を学ぶ必要性を半分も感じなかったのではないでしょうか。ですから、マキシムやその弟もフランス語が第一言語なのです。」

彼女の夫は続けます:「でも最近は、我が家では英語がよく飛び交うようになりました。6才半と4才の息子の間の会話がいつも英語だという理由からだけではありません。私も普段、英語でよく話しています。例えば、子供たちと遊ぶときです。彼らの遊びは日に日に複雑で難しくなってきていますから。こうやって私たちは、葛藤のある状況は避けるべきであると確信させられたのです。言葉発達は自然の成り行きに違いないので、欲求不満がたまらないように気を付けたいと思ったのです。

2008年9月14日 (日)

Visits and visitors ③

親御さんにとっては休暇で彼方此方に行けるというおまけまで付いてくるかもしれません。マグダもポーランド人でイギリスに住みイギリス人と結婚しています。彼女には8才と5才の子供がいるのですが、彼女が最初にこのことについて語ってくれました:

「これまで殆どの休暇はポーランドで過ごしました。でも率直に言って私自身はもっと広い世界を見たかったのです。今年の夏の計画では、子供たちは私の両親と過ごすためにポーランドに行くのです。 こうすることで子供たちは家族に会いポーランド語を磨く機会を得られ、私たちは余った時間とお金でどこか違うところに休暇を過ごせるのです。」

外国での休暇もしくは外国からの訪問者により、言葉を使い磨く機会が自然な形で与えられます。そして、私は、第二言語を学んだり維持することの意義・喜びを子供たちが見出せること、これがとても大切であると感じています。より多くの親御さんがお子さんをバイリンガルに育てようとしていること、そしてそれを実に上手にやっていること、これは旅行がとても簡単になっていることと実際には深く関係しているかもしれません。

親がバイリンガル養育をこの様な休暇の機会に任せきりにして、家で忘れていることが実際に出来るものかと疑問を持ち始めた方もいらっしゃるでしょう。でも、ここで大切なことは、言語というのは、休暇期間という限られた時間の中でゼロから学べるものではないということです。 子供たちが、2~4週間の期間の後、すさまじく言語能力を向上させることがあるのは本当ですが、それは言語の基礎知識がそこにあってのことです。このことについて極めて明確であったのはアンジェリナでした。彼女はスペインから来てイギリスに住みイギリス人とほぼ20年前に結婚しました。彼女は観察に基づき次のような意見を出してくれました。

「私の子供たちはスペインではスペイン語を話すのでスペイン人の子供として扱われていました。コミニケーションしようがないと、相手の人格に対する興味は薄くなるものですよね。 もし、スペインの私の親戚や友人のところに英語しか話せない子供と行っていたら、子供たちが、私の知人らのそこでの生活スタイルに満足に溶け込める可能性は殆どなかったでしょう。そして子供達が受け入れられ、溶け込めたからこそ、彼らは言葉を更に上手に話せるようになったのです。」

旅行というだけではなく、現代には「自然」な状況で英語に触れる機会が沢山あります。例えばCATVでの英語ドラマや映画。字幕で見ていてもなんとなく英語が耳に馴染んできますよね。後、前にもお話ししましたが、英語の初心者用教本も簡単に手に入ります。

大切なのは、英語のリズムと入れ子構造(≒スタック構造)を感覚的に身に着けることである、という仮説に立てばこういう環境が回りにあるというのはとても便利なことです。何しろ楽しい。面白くなければ外国語を学ぶ意味はありません。楽しく勉強していれば自然と語彙は増えてくるものです。

2008年9月13日 (土)

Visits and Visitors ②

彼女は続けます:

「それは娘、3人の子供の最年長ですが、の場合には上手くいきました。 彼女は今8才で英語が最も得意な言葉なのですが、定期的にイギリスに滞在する私の母に対してはイタリア語で話します。でも、4才になる息子は、イタリア語で話すのはとても難しいというんです。それに、イタリアにいるいとこ達は偶然に皆女の子なので向こうに行ったときも、息子は父親にくっついてばかりいるんです。」

親御さんたちは、子供たちに祖父母とコミニケーションが取れるようになって欲しいと望むばかりではなく、カスカが指摘してくれたように、祖父母が子供たちに外国語を練習するきっかけをごく自然に与えてくれないかとも期待しています。彼女とその夫は混合言語婚のさらにもうひとつの事例です:カスカはポーランド出身でご主人はオランダ人でともにイギリスのロンドン近郊に住んでいます。彼らのコミニケーション言語は英語ですが、カスカは娘にはポーランド語で話し続けています。彼女曰く:

「私の両親は数ヶ月置きに訪れてくれます。一緒にいると自然にポーランド語を話す環境になるので楽しみなんです。3才半になる娘には今までは主にポーランド語で話しかけ、娘は完璧に理解しています。でも半年前に保育園に通い始めてからは英語でしか話したがりません。祖母がそばにいるとポーランド語で話すことがまた楽しくなるんじゃないかと期待しているんです。」

子供たちに他言語を確実に練習させるもうひとつの方法は、子供をひとりで外国にやり、祖父母や親戚、友人と過ごさせることです。この一人旅をする自信が付く年頃は子供により異なり、又、過ごす相手の人をどれだけ良く知っているかにもよります。しかし、気楽に迎えたり訪れたり出来るなら、あらゆる面でこの一人旅はすることでしょう。

バイリンガルに育ち、8才にもなると、前回お話した、「言語の切り替え」が上手に出来るようになるのでしょう。でも3-4才くらい幼いとこの切り替えが上手くできません。

というか、3-4才頃までの言葉というのは、おそらくは大脳の共通言語領域(≒母国語領域)だけで対応できるレベルの言語なのかもしれません。この頃までは切り替えそのものが不要なのです。そう考えると、この年齢以降の時期をバイリンガルでどう過ごすのかということが大切になってきますね。

バイリンガル環境で幅広く発達した共通言語領域を基礎にして、それぞれの言語特異領域を適切に分化・発達させ、又、その切り替え能力(大脳基底核)を鍛えることがバイリンガル化に必要な条件となってくるのでしょう。

もうひとつ、カスカが述べている「祖母がそばにいるとポーランド語で話すことがまた楽しくなるんじゃないか」という部分も考察の価値があります。

最近の研究(http://www.asahi.com/science/update/0903/OSK200809030026.html)で線条体(大脳基底核の部分)が、「達成感・意欲」と深いつながりがあることが分ってきています。 バイリンガル脳と「楽しい」と感じる脳は同じところにあるんです。そうして、そこ(大脳基底核)は、基本運動の中枢でもあるんです。良く学び、良く遊び(=楽しく学び、楽しく遊ぶ)、これがこの年頃の子供たちには大切なことなのでしょう。

2008年9月12日 (金)

Visits and visitors ①

アニックの家庭が両方の言語を上手く維持することができた理由のひとつは、何年にも亘り殆どの休暇をフランスで過ごす一方、南ロンドンの彼らの家には、フランスからの訪問者が絶える事がなかったからです。実際問題、実質全ての親御さんが、バイリンガル養育に乗り出した重要な理由のひとつに、子供たちは海外に住む親戚とコミニケーションが取れなくてはならない、ということを掲げています。

今や旅行は以前にまして安く手軽に出来ますので、親御さんの母国を訪れたり、海外から来てもらったりして、とても定期的に親戚と会っている家族を私も多く見かけました。多かれ少なかれ母国には、親戚や友人など付き合いを続けたい人たちがいるようです。私たちの友人の何人かはひとつや二つの外国語をこなしますが、多くの人はそうではありません。そして、祖父母やいとこ達は普通はひとつの言葉しか話しませんが、彼らこそ、親御さんがその子供たちに親しくいて欲しいと願う人たちなのです。

ロゼリアはイタリア人で英国に住み英国人と結婚しています。彼女は、おそらく、多くの他の親御さんを代表して次のように述べたのだと思います:

「私は、子供たちが両方の祖父母と親しい関係を作れれば良いなと思っていました。そして、もし子供たちが気楽にイタリア語を話せるならば、その時にこそ、イギリス人のおばあちゃんと同じようにイタリア人のおばあちゃんを好きになれるのだと気づいたのです。

マレーシアに5年半住んでいましたが、家族と日本に帰ったのはたったの2回だけでした。その間、日本の親戚は4回程やってきてくれました。そして、久しぶりに孫に会ったおばあちゃんが、「お願いだから日本語でお話して」と懇願したときは、さすがに、このままで良いのだろうかと不安に思ったものです。

それでも、マレーシアでは英語漬けになったのと同じように、いずれに日本に帰国したら日本語漬けになるんだから、と思い直し子供たちには相も変らぬ英語だらけの生活が続いたのでした。

2008年9月11日 (木)

Taking a risk ②

アニックはリスクを取ると言いましたが、言うまでも無く、彼女は子供たちをバイリンガルに育てることに成功しました。親御さん達はよくこんな心配をします:「リスクを実際に取っているのだろうか、そのリスクはどのくらいあるんだろうか?」 事実として、バイリンガル養育の長期的な影響については未だによく知られてはいません。人生のある分野で成功したりや失敗したのは、ひとえにバイリンガルに学んだことがその理由だと特定することは決してできないからです。

ここで覚えておくべきことは、バイリンガルの子供の言語発達はモノリンガルな子供とは異なり、又、この後の章で見ていくように、いくつかの問題が実際に生じうるということだと思います。 しかし同時に、その問題が大きくなった時期に、もし親御さんがゆったりと構えてやきもきするような事がなければ、バイリンガルな子育ては、子供にとっても親にとっても大変に楽しい経験にもなる、ということも見て行きます。

バイリンガルの子供の言語発達の違いは、前にも述べました様に現在では脳画像研究によって少しずつ分ってきました。言語共通領域があること、言語特異領域があること、その切り替えを司る領域があること、そしてその切り替え領域は「古い大脳」にあり運動やバランスとも関係している領域だということです。

こういった視点も交え、続く章で述べられていくことがらを見ていきたいと思います。

2008年9月 9日 (火)

Taking a risk ①

ところで、こういった決断とやり方は子供たちが幾分大きくなってきたときにも通じるのでしょうか? ひとつの方法として、すこし大きなお子さんをお持ちになる家庭での似て非なるケースを見てみましょう。ここに登場する母親は随分前に家では二つの言語を使うと決めていました。

アニックはフランス出身でイギリスに移り住んで今や20年近くになります。彼女の夫はドイツで生まれましたが英国育ちです。子供は15才、13才と10才。皆にとって英語はより大切な言葉ですが、フランス語も流暢に話すことができます。私は彼女にいつどのようにバイリンガルで養育しようと決めたのかを尋ねてみました。彼女の答えはこれです。

「実は、子供たちが生まれる前から考えていました。ごく近所に2つの事例があって決めるときの参考になったのです。ひとつめの家庭は、ごく初期から二つの言語で上手に子育てされていました。もうひとつの家庭は、7才になるまで待っていたので子供はフランス語を話すことを嫌がりました。私が子供たちにフランス語で話す理由は、私が何をしようが、結局は英語が取って代わってしまうということが分っていたからなんです。ですから、フランス語は出来るだけ沢山教え込んだ方が良いと思ったのです。それと同時に、二ヶ国語を話す子供の中には、そのどちらにも深い理解がなく様々な障害を起こす子供が多いという警告を受けていました。しかし、私はそのリスクを取る覚悟はあったのです。

我が家が日本に帰国したとき、子供たちは13才、9才、8才でした。アニックの家庭に近いですね。勿論、家庭では日本語を使っていましたが、どれほど日本語を教え込もうとしても確かに英語に取って代わられてしまいました。寧ろ、アニックが受けた警告、即ちバイリンガルならぬ中途半端なセミリンガルになってしまうことも大変恐れていましたので、英語の家庭教師までつけたりして、我が家の場合にはどちらかというと英語よりでした。近所に同じ学校に通う日本人の友達もいましたが、子供同士の会話は勿論英語です。

2008年9月 7日 (日)

Making a choice ③

これまでのところ、お兄ちゃんの方は妹よりもよく順応しています。お兄ちゃんは二つの言葉をそれぞれに維持する力があり両方の言葉を話します。一方、妹の方は英語とオランダ語の両方を理解することはできますが、話すのは英語だけです。 勿論、子供たちはまだ小さいので、親御さんが当初の計画通りやっていけるのかどうかは、時が経ってみなければ分りません。

ある二人の娘さんがいる母親は、子供たちには自分の母国語で話す、と決めたときのことについて書いてくれました。カースティンはスウェーデン人で英国人と結婚しています。ご夫妻には5才と1才の二人の娘さんがおられます。

「それは私にとって大きな違いでした。一人目の娘が生まれるそれ程前のことではありませんが、私はスウェーデン人の子供にスウェーデン語を話すことになるのだ、と気づいたのです。つまり、私の子供は英国人でもあると同じようにスウェーデン人でもあるんだ、ということにふと気づいたのです。そう思うとと、娘にスウェーデン語で話すことが全く自然のこととなりました。それまでは、英国人の子供にスウェーデン語で話すことになるのだと無意識に考えていて、そう思って続けるのははもっと大変なことだったはずです。」

このカースティンのケースは、ちょっと違った要素も入っているのではないかと思います。彼女とその夫との関係です。おそらく彼女が夫にスウェーデン語で話をするときはそれなりの緊張を伴うものであったはずです。そして、彼女はこれから生まれてくる子供を自分の分身である前に夫の分身と捕らえ、スウェーデン語で話をするときの夫との緊張を子供にも投影した結果、子供にスウェーデン語で話すことは大変なこと、と思ってしまったのです。

そして、子供が夫だけではなく、自分の分身(スウェーデン人)でもあると気づいたときその緊張感は消え、ごく自然にスウェーデン語で話すことが出来ると思えたのでしょう。

2008年9月 5日 (金)

Making a choice ②

子供が生まれるずいぶん前からじっくり考えをめぐらせる親御さんも数多くいます。特に、異なる母国語を持つ夫婦にはこれが当てはまるようでした。理屈から言えば、異言語間結婚をした夫婦は、あらかじめ疑問点を整理し、有利な点と不利な点を比較し、そしてなんらかの方向性が出たらその実現性を評価できる立場にあります。勿論、実際には理屈通りにならなくて、最初の選択の見直が必要になるかもしれません。しかし、こういった親御さんは最初からバイリンガル養育を賛否両論から検討していることが多いのです。

ゲイビーはオランダ人でその夫はイギリス人です。彼らは結婚以来イギリスに住み、子供たちは今や5才と2才半です。彼らの共通言語は英語です。ゲイビーは次のように話してくれました:

「一人目の子供が生まれる前からバイリンガル養育の可能性について考えたり話し合ったりしていました。私自身はバイリンガルの経歴を持っていますが、二人とも子供たちを二つの言語で育てるのは良い案だと思っていましたし、それならかなり早いうちから始めないといけないとも思っていました。今やらないなら永遠に出来ないのです。更に、私たちは、子供たちが参加するある種のメンタルトレーニングも役に立つのではないかとも考えました。」

「そして、その実現性になんらかの疑いをもし持っていたとしても、一人目の赤ちゃんが生まれたら直ぐに消え去っていました。息子には私の言語以外の言葉で話しかけることが出来なかったのです。新米の母親にとって心配の種は既に山ほどありましたから、外国語を話すことに煩わされてしまったり、正しい単語や構文を使っているかどうか気にしなくてはならないのは嫌でした。デイビッドはオランダ語を理解しますから私が子供たちと話していても疎外感を感じる必要はありませんが、彼自身は子供たちには英語で話します。私たちの子供たちはごく最初から本当にバイリンガル養育を受けたのです。」

仕事柄(?)か、私の周りには国際結婚をしている人がままいます。あるお子さんは3才なんですが、ちゃんと相手を見分けて(?)話す言葉を選ぶそうです。前にも述べましたが、この切り替える能力というのが、バイリンガルの真髄なんですね。

それから、ゲイビーは、子供に話しかけるときに、正しい単語や構文で話しているのか気にしていましたが、実は、これはそれ程に気にする必要はないんです。子供は「おかしな表現」を見分ける能力が極めて高いのです。父親であるデイビッドが正しい話し方をしていれば、そこからゲイビーの言葉が揺らいだりしても、子供たちはそれを「おかしな表現」と整理してそれに学ぶことはありません。

そんなことがあるのかと疑問の方もいらっしゃると思いますが、これは「生成文法」という理論で、人間の脳には生まれながらにして文法の枠組みを持っていて、それを耳に入る言語に応用しているだけという理論です。「言語に規則があるのは、人間が言語を規則的に作ったためではなく、言語が自然法則に従っているからです」というチョムスキー氏の言葉にご興味ある方は、「言語の脳科学(中公新書)」がお勧めです。目からうろこです。英語の勉強の仕方も変わるかもしれませんよ。

2008年9月 3日 (水)

Why parents opt for a bilingual upbringing : Making a choice ①

第一章でご説明したように、私のバイリンガル養育の定義は、親御さんがバイリンガルの状況を自らの選択で創り維持していくという場合で、生き延びる為に親と子がただ適応せざるを得ないという場合とは異なります。この章では、何故そして何時親御さんたちがバイリンガル養育の決断をするのかについて見て行きたいと思います。

子供が生まれる前からやるべきことを決めておくことは不可欠かしら? バイリンガルになるメリットってなんだろう? 離婚とかで極端に環境が変わっちゃったらどうなるんだろう? 親御さんが子供を二ヶ国語で育てると決意する理由は多様です。そして、これから見ていくように、その結論の出てきかたもたくさんあります。

「私と主人は、最初からバイリンガル養育を意識して選んだわけではありません。二つの異なる言語に取り組まなければならない、という現実に子供達が前向きに対応できていないと気づくまで、私たちはそんなことを考えたこともありませんでした。それまではバイリンガル養育は日々の暮らしの積み重ね程度にしか考えていませんでした。なぜなら、私たちのコミニケーション言語、そして子供たちに話す言語は、私たちが住んでいる国の言語ではなかったからです。」

「子供達の問題により、彼らのバイリンガル養育について慎重に考えさせられましたが、自分達のやり方を変えることはしませんでした。私たちは、今度は意識的にオランダ語を維持しようと決断したのです。そして、引き続きオランダ語は我々四人が家庭の中で最も自由かつ気楽にコミニケーションする言語でした。そして同時に、外の世界、特に学校で英語を学ぶことで、子供たちはその言語のネイティブスピーカーになるチャンスを十分持っていると信じたのです。」

我が家の場合の決断は日本を発つ前でした。長男が8才、次男が4才、長女が3才で、下の二人はともかく、8才という年齢はバイリンガルになるにはぎりぎりの年齢と言われていましたので、若干の不安はありましたが、事前に日本で幼児英語教室に通わせるなどして、周到な準備をしたつもりでした。 でも、この準備は結果的には殆ど役には立ちませんでした。

英語しかない外の世界(学校)で子供たちが学んでくることは日々膨大なものでした。数ヶ月通った英語教室で学んだことをおそらくは1-2日で学んだことでしょう。それ程情報量が圧倒的なのです。そして筆者がしてきたように、その圧倒的な英語の情報量に負けないように、母国語を維持すること、これが寧ろ大きな課題となりました。

2008年9月 2日 (火)

Speaking and understanding, writing and reading ②

理解することと読むこと、受身の技能といわれるものですが、これは話すことや書くといった自発的な技能に比べ易しいと通常は思われています。それでも誰でも外国語の複雑さに面食らうことがあります。アンジェリカも言っています:

「今になっても、1ページごとに6つも今まで見たことも聞いたこともない単語があるような英語の本に出会うことがあります。これではとっても疲れてしまいます。」

アニックはフランスからイギリスに移住し長年経ちますが、彼女はフランス語であるかのように英語をいとも簡単に話します。彼女曰く:

「英語よりもフランス語で読む方が楽です。 そのほうが楽しいですし、おそらくはある意味で苦労が少ないからでしょう。英語で読むときは表面上は苦労がないんですがね。」

外国語を理解することがとても難しいときもあります。長年その国に住んでいても、買い物や家でテレビを見ているときですら、方言や訛りが妨げになることもあります。3-4人のグループの会話に参加しようとするときも大変です。早口やジョーク、そして口語表現は経験豊富なバイリンガルな人にとっても妨げになりうるのです。

「それでも、外国語を携えて生きていくことに、ひとつ大きな便利さがあることを発見しました。簡単にスイッチオフできるんです。図書館で勉強しているときやパーティーに飽きたり疲れたとき、回りの言葉をただの雑音にしてしまい意図的に無視することが出来るんです。」

この「スイッチオフ」というのは最近の脳画像研究で確認されています。ブログの他の項でもふれていますが、京都大学での研究で、バイリンガルの人の大脳基底核に言語を切り替えるスイッチがあるらしいのです。スイッチオフというよりはスイッチの切り替えですね。

このスイッチはおそらく言語だけのスイッチではなく、他のことがらのスイッチにもなっているはずです。ですから、アニックにとってはフランス語で読むほうが楽しいし、例えば、日本語では控えめな人が、英語ではとても強気になる人もいます。 

前回、入れ子構造の説明をしましたが、この大脳基底核のスイッチは、各言語に特有な入れ子構造を解析する脳部位を必要に応じ活性化したり不活化したりする機能をもっているのかもしれません。

2008年8月31日 (日)

Speaking and understanding, writing and reading ①

これまでのバイリンガル論の議論の中では、二ヶ国語の会話能力だけに触れてきましたが、より正確にご説明するためには、「話す。理解する。」ことと「読む。書く。」こととを区別する必要があります。

両方の言語でこの四つの能力が同じように使える人は殆どいません。そのひとつには、その言語をどのように学んだかというところにあります。第二言語を学校で理論的に学んだ親御さんにとっては、特に最初に新しい国に来たときには、読み書きの方が話す事より容易ということになります。 新しい言語の殆どを到着後に聞き覚えた人は話し言葉を上手に操れるようになりますが、読み書きの能力は限られてしまうようです。

多くの親御さんから、第二言語で「話す」ときにはもう翻訳することはなくなったけれど、例えば手紙を書くようなときにはまだ翻訳している、というようなこと言われます。一方、てんびん棒の反対端には、専門的な論文を英語で書き慣れるまでに成長したのに母国では同じようなことができないと人にも出会いました。

「会話力」と「読み書き力」とは全く別物です。マレーシアで驚いたのですが、マレーシアには華人(中国系の人)が3割いて、その誰もが当然に流暢な中国語を話すことが出来るのですが、読み書きできる人はとても少ないのです。家庭で中国語を話すから話せるようになるけれど、中華学校に通わなければ読み書きが出来るようにならないのです。

一方、マレー系の人は、英語で話すと言っていることがよく解らないのに、書かせると極めて立派な文章を書くひとが多いのです。

日本人はどうでしょうか? 「会話よりは読み書きが得意」とよく言いますが、このブログの他のところでお話したこともありますが、それは大きな勘違いだと私は思っています。

言語というのは一直線のものです。それを理解するのも一直線に理解しなければなりません。心理学的に言うと、「逐次処理」をしなければなりません。 因みに、「逐次処理」の反対は「同時処理」で、全体を見て理解するような空間処理に当てはまります。

一直線に複雑な言葉を理解する為には、言葉を頭から読み聞き、頭から理解していかなければなりません。 そのためには、言葉の入れ子構造※(英語で言えば which clause)を違和感無く受け入れるような脳にならなければならないのです。

※(入れ子の例)

私が好きなのは花子が作る料理を食べる太郎です。

という文章を頭から聞いていると、

 私が好きなのは花子。

 私が好きなのは花子が作る料理。

 私が好きなのは花子が作る料理を食べる(こと)

 私が好きなのは花子が作る料を食べる太郎。

 と最後まで行かないと好きなものがはっきりしません。

これが入れ子です。 日本語では皆さん意識せずにこの入れ子構造を理解しているんです。最後の「決めの言葉」にたどり着くまで、言葉を頭の中で一時メモリーに仮置きして、決めの言葉にたどり着いたときに、一気に理解しているんですね。

日本人の英語「読み書き力」は英語の入れ子構造を学ばずに、英語を日本語の入れ子構造で理解しようとしているに過ぎません。日本語の単語が英語の単語に置き換わっただけなのです。

本来は「逐次処理」で理解すべき言語を「同時処理」で理解しようとしているのです。これでは本当の読み書きの能力は育ちませんし、ましてや、「逐次処理」でしか処理できない会話が出来るようになるわけがありません。

それでは「逐次処理」を学ぶにはどうしたらよいのでしょう? 英会話学校に通うのもひとつの方法でしょうが、日本人には向かないと思います。 だって、耳がないですから。「逐次処理」能力を学ぶ前に、聞く能力の壁にぶつかってしまいます。

私のご推奨は、「読書」です。 それも、1ページに知らない単語が2つくらいしかないとても簡単な本からはじめること。翻訳せずに、後戻りせずに頭から読んで理解できるような本。OxfordとかPenguinとかのレベル別の本がありますから、ぜひお試しを。

2008年8月29日 (金)

Learning the hard way ②

他の国では全く違う反応になったりします。オランダを例に取って見ましょう。オランダ人にとっては他国語を話せるというのが自慢です。他方、彼らには人がなぜオランダ語を学びたいのかを理解できません。外国からオランダに移住した後、オランダ語を学ぼうとしている人はジュディと同じような経験をしているかもしれません:

「私は本当にオランダ語を学びたいんだ、ということを回りの人に対してはっきりさせなければならなかったんです。私たちはアムステルダムに移り住む直前に速習コースを受けて、最初の最初からオランダ語でコミニケーションするように努力しました。でもそれは簡単ではありませんでした。ひとつには、相手が英語を話せるといつも英語で応えてくるんです。そうしないで、と頼むことはできますが、すると今度は、おかしな間違いをしたらからかわれるかもしれません。そして、一旦オランダ語で話すと決めたら、バカを相手にするように易し過ぎる話し方を選んじゃう人もいるかもしれません。

他の国や他の言語ではどうだかは言えませんが、英語にせよオランダ語にせよ外国語として学ぶ時には、ネイティブスピーカーからはそんなに思いやりや助けを期待してはいけないようです。慇懃な沈黙に出会うか嘲笑されるか、そのどちらにせよ、困難な道のりに、自分ひとりで学んでいるのです。

母国語というのは、自然と身に染み付いてしまっている言葉ですから、人に教えるというのは難しいですよね。何故でしょう? 外国語を学ぶときには、文法から入る、母国語では文法は気にしないから、ともいいますが、これはどういうことでしょうか?

例えばこんなことかもしれません。「文法」というと、まずは「主語」ですよね。そして「述語」。この二つが最低ないと文法は生まれません。この二つがないと人とのコミニケーションはとれません。

ところが、人がひとりで心の中で考えるときはどうでしょう? これは「内言」というのですが、この場合は「述語」が中心になるのです。そして母国語を学ぶプロセスというのは、この「内言」を「外言」化していくプロセスなんですね。 自分とかお母さんだとか、そういう「主語」より前に、赤ちゃんが感じるのは、「空腹」とか「暖かい」とか「怖い」とかいった「述語です」。赤ちゃんにとっては、お母さんも自分も一体のものとして感じているので、「主語」の概念はありません。 そうして、赤ちゃんは「述語」をまず学び、その後、自他分離が進んでから「主語」を学んでいくことになるのです。

ですから、母国語の学び方というのは、外国語を学ぶ方法とは全く異なってくる訳ですね。

幼少の時からバイリンガルで育った人の脳(バイリンガル脳)は、大きくなってからバイリンガルになった人の脳とは異なるという研究結果があります。幼少からバイリンガルで育つと各言語に共通の領域が大きいんです。逆に、遅くバイリンガルになった人は言語に特殊な領域が大きくなります。おそらくは、この共通領域には、「述語」に関する情報がイメージとして(言葉としてではなく)詰まっているのでしょう。

この辺りはまた機会があれば研究してみたいと思います。

2008年8月27日 (水)

Learning the hard way ①

これまで「バイリンガル状態」についてお話してきましたが、バイリンガル性とは状態というよりはプロセスではないかと思います:第二言語では殆ど毎日新しい表現に出くわしますし、それまで知らなかった微妙なニュアンスを発見したりします。それと同時に、へんてこで些細な間違いが(母国語の会話に)入り込むのを避けたいなら、母国語を保持する努力も怠れません。

学んでいる最中は道中の助けが必要です。ネイティブスピーカーの人は他人がその人の言葉に取り組もうとしている時にどういう対応をするのでしょうか? 英語が母国語の人は他の言語を学ぶことに自分自身はそれ程に興味を持たないかもしれませんが、他の人が自分の言語を話そうと学んでいることには極めて慣れています。人の間違いを笑うことは決してしないでしょうし、もたついていてもそのままにしてくれます、イライラせずに辛抱強く適当な表現を見つけるまで待っていてくれるのです。

これは全てとてもよいことなのですが、それ程助けにはならないのです。時々は間違いを直して貰いたいですし、どうしても言葉が出てこないときは捜すのを手助けして貰いたいですが、若干の例外を除き、彼らは只、何もしないのです。又、会話をしているとき、英語のネイティブスピーカーは我々が理解に苦しんでいるかもしれないなどとは思いもしません。 他の言語を理解しようとした人が殆どいないからでしょう。

本当にアメリカ人というのは厄介です。同じ英語が母国でも、異国語の多いヨーロッパに位置する英国人とは違います。言葉だけではなく、世界はアメリカだけだと思っている人も多いのです。アメリカ国内のことにしか興味がない。相手のことなど気にする必要はない。それ程に強い国なんですが。

そういう国の人の英語は独りよがりなところがあります。某会社の社長さんなんですが、人柄も良く冗談が好きなのですが、これがいけません。仕事の話をしていてもしょっちゅうこちらには理解できない冗談を折り混ぜてくる。冗談を混ぜては一人で笑っている。とり合えず一緒に笑うしかないのですが、こっちは、冗談なのかマジなのか解りませんからこれが厄介です。

それに、相手が英語をしゃべると同じ文化を持っていると思っちゃうんでしょうね。突然アメリカ国内の三面記事的な話題になるんです。こちとら日本の新聞も読まない偏屈ですから、アメリカの三面記事なんて知るわけも無い。

それに比べ、欧州人の英語などはとてもわかり易いですね。

2008年8月25日 (月)

A foreign accent ②

私はアンケの挫折感を共有できますし、私たちに似たような人はもっとたくさんいるはずです。時々、非常に良いアクセントを身につけた親御さんは次のようなことを付け加えるようです:「それから勿論、外人アクセント無しに話せるようになろうとは思いません。」 ちょっと意外ではあるんですが、バイリンガルかどうか私が質問した時に、アクセントについて考慮する親御さんは比較的少数なんです。大半はアクセントは考慮から完全に外されています。即ち、自分のバイリンガル度を量ろうとする時に、多くの人は発音よりも流暢さやその第二言語で考える能力や第二言語に対する感情を考慮するように見えるのです。

よく考えてみると、これはちょっと意外どころではないと気づきました。なぜなら、バイリンガルの子供達についての議論をしているときには、二つの言語での「完璧な」アクセントはバイリンガル養育で得られる最大の報奨のひとつであると見られていることが多いのです。疑いも無く、二つの言語で育った人は、後になって第二言語を身に着けた人より格段に両方の言語でネイティブなアクセントを持つようになりやすいですが、バイリンガルの人たち自身の意見が示しているのは、アクセントはよく言われている程「報奨」としての重要度は高くない、ということのようです。そして、子供達にとってすら、二つの言語でネイティブなアクセントを身に着けるのは常に真っ直ぐの道のりではありません。

前回ちょっと触れましたが、マレーシアには色々な英語が混在しています。マレー英語、中国英語、インド英語、日本英語、そしてシングリッシュと呼ばれるシンガポール英語。まあ、日本英語が一番わかり難いですが(笑)。いずれも特有な語法と特有なアクセントを持っています。その中でもインド英語というのはわかり難い英語のひとつですね。でも、極めて高尚な英語ですし、とても流暢です。どんなことでも完璧に表現してしまいます。英語で喧嘩したらインド人に敵う人種はいないんじゃないかと思える程です。でもそのアクセントは日本人にはとても聞き取れない。日本人にとっては英語とはとても思えない。何か別の世界の言葉なんです。でも、不思議なことに、英米人はこれがきちんと理解できる。コミニケーションができるんです。バイリンガルとはこういうことではないでしょうか。

2008年8月23日 (土)

A foreign accent ①

ある時、ある母親に、お子さんを二つの言語でどのように育てたかというインタビューをしたのですが、始めて五分でこう思いました:「住所を間違えたかしら、それとも、海外から来たのは父親の方で彼と話すべきだったかしら、この人の英語はネイティブだもの。」 インタビューの前にちょっと雑談をしただけだったので、生まれた国とか移住した日とかは質問していなかったのです。 でも解ったことは、この母親は二十代のはじめにポーランドから英国に渡り、その時は英語が殆ど話せなかったということでした。彼女は英国人と結婚しましたが、ご主人はポーランド語は話さなかったので、二人は常に英語でコミニケーションをとっていました。

私にとってこれは、ネイティブスピーカーと区別できない程のアクセントで外国語を話す人が実在するということを証明する最も見事な実例のひとつであったことは確かです。「大人は外国語を学んでもネイティブのアクセントで話せるようにはなれない」という原則を覆すにはひとつの例外があれば良いのです。しかし、一般的には、大抵の大人が外国語を話すと忽ちにしてそのアクセントからネイティブでは無いことがわかってしまうのも本当です。そして、もしアクセントの問題がある親御さんにその母国語で生じ得るならば、もっと多くの親御さん達にとって(アクセントが)外国語での大きな障害となることが予想できます。自分をバイリンガルと呼べるかという私の質問に対してアンケはこう書いています:「ある意味ではそうです、オランダ語と同じようにギリシャ語を話せますから。一方、私が口を開いただけで"あなた外人さんでしょ?"と人は言うのです。これはバイリンガルと呼べるものではありません。」

アクセントというのはとても微妙なものです。日本語でもちょっとしたアクセントで出身地が想像できちゃったりしますよね。私も発音は良い方で、アメリカ人と話していたりすると、「どこか外国で英語を勉強したの?」とか聞かれたりします。でも、子供達に言わせると「パパの発音は変!」。英語と米語とマレー英語のアクセントが混ざっちゃってるんでしょうね。自分ではまるっきり解りませんけど。

それに引き換え子供達は、英語アクセント、米語アクセント、インドアクセント、マレーアクセント、日本アクセントと自由にアクセントを選択して話すことが出来るようです。日本語のアクセントは時々変ですが(笑)

2008年8月22日 (金)

And what about the mother tongue ? ②

彼女にだけこのようなことが起こった訳ではありません。多くの親御さん達が母国語が錆付いてしまったとか、言葉がでなくなったとか漏らしておられます。ジェネビーブの様に、夫婦のなかで外国語を話すのが一人だけの場合は特にそれは顕著です。しかし、二人一緒に移住した夫婦ですら、新しい言語が気づかぬうちに古い言語に置き換わろうとしているのを認めています。特に、仕事、新しい学問分野や子供など外国での新生活に伴う経験を語る時にはそうなります。ひとつの言語が人生のある部分を独占してしまいかねない様子については、グリーツの次の言葉によく表されています:

「オランダに住んでいたころの私は子供でした。イギリスでは妻としてそして母として生活しています。私のオランダ語は子供のオランダ語です、そして言葉の知識はおそらく英語の方が多いです、オランダ語では使ったことの無いであろう言葉を英語では使いますから。」

言語は常に変化していて、言語に追加される新しい単語や言い回しに追いついて行くのは不可能である、というもうひとつのコメントも聞こえてきます。アンジェリナです:

「20年前にスペインを離れてから色々な変化があり、そしてそれに伴って言語も進化しました。単に、新らしい政治情勢について語るための語彙を持っていないというだけなんです。最初は少し気後れを感じましたが、スペインに定期的に行くようになり、今は追いついたと感じています。」

ある親御さんにとってはアクセントですら問題となりました。ルディーはイギリス人の奥さんと結婚して15年になりますが、イギリスに住み続けお互いに英語で話しています。彼の所見です:

「オランダにいるときには、もはや誰も私がオランダ人だとは気づきません。最近では英語のアクセントよりオランダ語のアクセントの方をよく注意されるようになりました。正しいオランダ語を取戻すのに最低でも三週間は必要ですが、定期的に訪問しているにもかかわらず、それは長続きしません。」

5年前にマレーシアから帰国したとき、さすがに日本語は失っていませんでしたが、普段の生活の中で、言葉の使い方に戸惑うことがありました。語彙が違うんです。例えば、「マナーモード」という言葉の意味が解りません。マレーシアでは「サイレントモード」といい、音がでないモードであるということが誰にでも明確に解ります。でも「マナーモード」って何? マナーある人の使うモードだということは解るけど、マナーある人がどういう行動をとるのかは普遍的ではありませんよね。例えば、マレーシアでは、会議中でも携帯電話が鳴ったら、それを受けて話をするのが「マナー」です。相手もそれを当然の様に認めています。日本ではとても信じられないことですが。どうしてこれが「マナー」なのかというと、「携帯電話にまで電話をかけてくるのだから、とっても急用な用件であるはずであり、電話に出なければ相手が困ったことになってしまう。」という発想があるんですね。これは文化ですし、移り行くものです。

母国語ですらこうですから、外国語を学ぶのはとっても大変なことなんですね。

2008年8月20日 (水)

And what about the mother tongue ? ①

ここまでのコメントは全て新しい言葉を身につけることに焦点を当てたものでした。そして親御さんたちが自分達をバイリンガルと看做すか否かを決める要因は二つあるということが分かってきました:新しい言語との感情的なつながりと熟達度です。では、母国語の流暢さというのはどうでしょう? 私が話を伺った親御さん達の様々な"定義"の中で最も頻出したのは「はい、自分はバイリンガルだと思います。母国語もまだ流暢ですから。」

「あなたは自分のことをバイリンガルだと言えますか?」という私の質問に対するこの答えを最初に聞いたときには、私の海外生活はまだそれ程長くは無く、母国語を失いかけるとう経験もありませんでした。そしてその時までは、母国語を楽に流暢に話せないように見える人は、ふりをしているだけなのか少し頭が悪いのかどちらかだとよく思っていました。時も経ち、私は母国語を維持するのは見かけほど簡単ではないということに気づいたのです。母国語に流暢になることや流暢さを維持する為には実践が必要であり、新しい国に新しい言語で永住する場合、実践する場はいつもある訳ではないのです。

ジェネビーブは約12年前にフランスからイギリスに移り住みイギリス人と結婚しました。彼女はその状況を表現豊かに語ってくれました:

「イギリスに渡ってきて、私はイギリス企業に勤め始めました。会話は一日中英語です。実際、私の仕事は電話やなんかでいつも話していなくてはならないのです。当時のイギリスにはフランス人の友人も無く、フランス語をある程度忘れ始めており、フランスに変えると馴れるのに時間がかかってしまいました。私がフランス語を話すとイギリス訛りがあるとみんなが言うのです;たくさんの言葉が私から抜け出てしまいました。

「母国語を失う」そんなことってありえるんでしょうか? マレーシアにいた5年半、さすがに私も妻も日本語は失いませんでしたが、子供達は8割方日本語を失ってしまいました。大人達は仕事場や夫婦間で日本語を話す機会もあり、筆者の言うところの「実践の場」があるのですが、子供達にとっては、両親と話すときだけが「実践の場」であり、日本語を維持するのは至難の業でした。前々回、バイリンガルの場合、言語得意的な脳の部位と共通の部位(母国語の部位)があると述べましたが、母国語を失うというのは、この母国語の部位が他国語に侵食されてしまった状態なのかもしれません。

そしてこの「侵食」から身を守る為、人は、本能からでしょうか、文化を大切にするようになるのです。地球の反対側のブラジルサンパウロには立派な日本人会があります。その日本人会主催の夏祭りに出かけたことがありますが、そこにはもう今の日本には見られないようなたくさんの日本文化が大切に残されていました。

「唄」もそのひとつです。民謡を100年の長きに渡り、親から子へ謡い継ぎ、もう片言の日本語しか話せなくなっても、唄だけは、日本人の心だけは後世に繋いでゆきたい。そういう思いからなのかもしれません。夏祭りで披露された民謡の唄声は、私の心に深く染み入ったのです。

2008年8月18日 (月)

One person, two identities ②

しかし、ある母親から衝撃的な事例を頂きました。彼女の娘さんが、異なる言語を使うことにより異なる内面を行動化したのです。児童心理学に於いては、想像上の人物や遊び相手を利用するというのはよく知られた現象です。この小さなお嬢さんはこの手法を用いて、二つの言語を使い二つの異なる価値を生きているという現実を作り出したのです。そして、この事例は、まるで拡大鏡を通している様に、多くのバイリンガルの人たちに当てはまる何かをあぶりだしているように思います。その母親はマデロンといいイギリスに住むオランダ人です。お嬢さんに関する話は次のようなものでした:

「チャーリーは確か2歳半だったと思いますが、ある日彼女は公園で小さなイギリス人の女の子を見つけました。その女の子はどうやらお行儀がよく乱暴なことなどとても出来ないような子のようでした。娘はその女の子の名前がローラであることも漏れ聞き、その時から娘はその名前を、イギリス人である想像上のもうひとりの自分を呼ぶときに使うようになりました。娘がチャーリーのときは乱暴でいたずらっ子なオランダ人で、彼女がローラならおとなしくて礼儀正しいのです。ところで、この二つの性格はどうやら口やかましいオランダ人の母親と、物静かで冷静なイギリス人の保育園の先生をも投影しているようでした。

「時が経つにつれ、この二人の娘とどのように付き合っていけば良いのか分かってきましたし、好ましからぬ状況から抜け出すために彼女らを利用するまでにもなりました。"ローラを呼んでらっしゃい"、チャーリーのいたずらがどうしようもなくなるとこんな風に言ったりしました。その後、ローラはスーパーローラになり、手の届かないところに行ってしまいました。そしてある日、娘が言うには、「本当は彼女はいないのよ。でも誰にも言わないでね。」、彼女は成長によりこの段階を脱したのです。

ヒトの脳は基本的にはバラバラなんです。感情、本能、五感、記憶、それぞれ異なる脳の部位が担当している訳なのですが、これらを統合しているのがヒトの脳と呼ばれる前部前頭葉と呼ばれる自我の脳です。そしてヒトは生まれながらにして統合している訳ではありません。又、老いていくと統合は失われていきます。むしろ、統合されていないのが常態といってもよいのかもしれません。 多重人格にせよ統合失調症にせよ、統合されているのが当たり前と思っている私たちには理解するのは難しいのかもしれませんが、「バラバラなのが基本」と思えば理解できるような気がします。

チャーリーも成長により統合されて行きました。でも、チャーリーが特別なのではなく、子供達はみな多かれ少なかれチャーリーに似たところがあるのです。たまたまバイリンガルという環境にあったため、それが回りにも見える形で表現されたに過ぎません。

自分の心の中にある、統合されていない二つの性格、自分でもはっきりとは認識することはできないのですが、これをイギリス人とオランダ人という具体的な対象に「投影」することにより、「操作」可能な状態に落とし込み、操作することによりこの二つを統合していく、そういう精神の成長メカニズムがあるのです。

2008年8月16日 (土)

One person, two identities ①

「人との付き合いで外国語を話すとき、少し不安を感じることが時折ありました。最初に外国に住み始めたときよりは減りましたが、今でもまだ同じようなことがあります。別に他国語に苦手意識があるということではありません。 相手が突然に私がまるで宇宙から今やってきたかのように私を見つめるのは、話す内容やモノの言い方のせいではないかと気になってしまうのです。

問題のひとつは、自分自身が立ち回り上手ではないせいもあり、きちんとした外国語を話すには調子よく話さねばならないとつい思ってしまうのです。今でも、オランダ語のように英語を話そうと思い、早くしゃべり過ぎたり十分注意深く言葉を選ばなかったりしてしまいます。でも、ゆっくりと考えながら話すとどうも自分自身ではないような気がしてしまうのです。」

私自身の経験は、ある別の親御さんのものとははっきり異なっています。その人の母国語はオランダ語なのですが、次のように述べています:

「フランス語を話すときはフランス人で、英語を話すときは英国人になった気になります。言葉は自分自身の芸術的な表現であり、間違いなく話すことよりも、違う言語でどの様に自己表現をするかの方が大切だと思います。」

言語とアイデンティティとのつながりは確実に存在します。バイリンガルとは一体なんであるかを理解する為には、この点を追求する価値があるのです。異なる言語はその人の異なる側面を表現しているのでしょうか? 私はそういうこともあるんじゃないかと信じたい気になっています。勿論、誰にでも同じ様にそうである訳ではなく、ある人には全く当てはまらないかもしれません。そして、たった一つの言語の世界の中でも、異なるアイデンティティを持ち、異なる役割を演じることが出来るのもまた確かなことなのです。

これは最近の脳画像研究からある面で確かめられています。バイリンガルの人の脳には、言語特異的な領域があって、異なる言語を使うときには異なる部分の脳が活性かするのです。活性化している部分が違うと、連関的に刺激される脳部位(前頭葉)も異なってきてアイデンティティに影響を与えるというのもありえますね。

又、面白いのは、脳にはどの言語を使うときでも共通に活性化する部位があるんです。それは母国語の領域なんですね。ですから、母国語がしっかりしていないと、外国語もしっかりしない(バイリンガルならぬセミリンガル)というのも理解できます。そして、この脳の特異的領域どうしのつながりとか深さというのはバイリンガルになり始めた年齢によっても違うんです。この辺は、「脳シリーズ」のところでまたお話したいと思います。(今、論文を読んでいるところですので少々お待ち下さい)

2008年8月14日 (木)

The emotional factor ②

一方、フレッドは私が出会った人のなかでは最もポジティブに「バイリンガル」を見ている人の一人です。彼はオランダ人でフランス人の奥さんがいます。二人はフランスで出会い結婚しましたが、今はオランダに住んで8年になります。

「バイリンガルになることは私に力と達成感を与えてくれます。そしてリラックスも出来るのです:長い仕事を終えて帰宅し、オランダ語からフランス語に言葉を切り替えられるとき、フランスに休暇で来たときの様な気持ちになれるのです。」

次のコメントはベルギーの仏語圏からイギリスに移り住んだジャニーのものです:

「自分はバイリンガルだと思います。英語のジョークが理解出来ますから。」

これは自分をバイリンガルだと思うのにとても良い理由だと私には思えます。なぜなら、ユーモアというのは時にしてその言語と強く結びついているからです。しかし、ジャニーはこうも付け加えます:

「英語のジョークを理解は出来るのですが、それが面白いとは思えないのです。」

ガービーは自分がオランダ語と英語のバイリンガルだと思っています。彼女曰く:

「私は英語のジョークを全く理解出来ません。 主人はよく"後で説明してやるよ"と言いますが、それはそのジョークが公衆の面前で説明できないジョークのことが多いからです。でも、もし私がオランダにいてオランダ語しか話さなかったとしても、同じような問題があったと思います。」

ジョークというのは難しいですね。なぜかというと「論理」ではないからです。左脳で理解できる言葉ではないからです。ジョークはその言葉自体ではなく、その言葉に込められた裏の意味、感情、身体感覚を伝えているのです。耳から入って左脳に入って前頭葉で理解する。これでは駄目なのです。左脳に入って、右脳と連絡を取り合ってその裏の意味やイメージを把握して、前頭葉で統合的に判断する必要があります。 かなり高度ですよね。俳句や短歌もこの種類に入るのでしょうね。

だから、言語を学ぶということは、語彙と文法を勉強すれば良い訳ではないのです。その言葉が話されている国の文化や習慣、その国の人の性格まで理解できないと、その言語を習得したとは言えないんですね。

で、英語がどうしてこんなに難しいか。それは英語はひとつではないからです。語彙と文法は仮にひとつと言えたとしても、インド英語と豪州英語は全然違います。文化と習慣が異なるからです。でも、それが英語の面白いところ。これこそ生きている言語、と思う人も多くいます。

2008年8月12日 (火)

The emotional factor ①

バイリンガルをどう定義するかと聞かれた時、多くの親御さんは自分達がバイリンガルであるかどうかは様々な情緒的要因で決まると述べています。アンジェリカの母国語はドイツ語です。自分のことをバイリンガルと言えるか、という質問に対し、彼女は次のように答えました。

「いや、言えません。英語が流暢だとは言えますがバイリンガルではありません。実際の所、私にはバイリンガルが何を意味するのかよくわかりません。だって、この国で学び、読書もし20年間も経っているのに、英語を話すときにはドイツ語で話すときと同じ感覚にならないのです。英語の言葉をただ使っているだけで、そこには感情や体験に結びつくところがありません。でもドイツ語にはあるのです。きっと幼児体験と結びついているんでしょうね。」

更にアンジェリカは気づきます:「そう、私は英語でならいくらでも誓いを立てられます。でもそれは私には何の意味もありません、ただの感嘆詞です。"おおお"、とか"あああ"とかのただの文字です。相手が何か失礼なことを言うな、ということは分かるのですがその言葉自体は私にとっては失礼なものではありません。」

確かに、新しい言語に対する考え方は様々に表現されます。ロゼーラは次のように表現しました:「英語は私にとって、"まま母"国語です。」 

そして彼女の笑みからは、この(まま母国語との)関係の居心地に自信を持っていないのが窺えました。

use English words without having any of the association of feelings and experiences

言葉はどこで記憶しているのでしょう? 左脳? 一般的にはそうですね。左側頭葉に言語野というのがあって、そこで言葉を記憶しているといいます。でも、これはいわば、筆者のいうtechnical/professionalな意味での言葉の記憶です。一方、右脳は旧脳(脳の中心部にある古い脳)では感情を記憶しています。上の文章でいうところのfeelings and experienceは左脳には無いのです。そうして、このtechnicalな言葉と感情の記憶は脳神経細胞で繋がっていて、「連想ゲーム」のように、ひとつの単語から色々な想いが浮かんでくるのです。

外国語で会話をするときの違和感、言葉だけをいじっているという違和感は、こういう脳の記憶の仕組みから来るものではないでしょうか。

2008年8月10日 (日)

To be bilingual: why and when? ②

しかし、多くの人たちにとっては、言葉に熟達するということが何にもまして大切なこともあります。こういう人たちにとっては、「バイリンガル」というのは永遠に到達できないゴールなのかもしれません。この点についてジョンは次のように語っています。

「私はバイリンガルなんかじゃありません。バイリンガルなんて存在しないと思います。ひとつの外国語を完全な流暢さで話すことが出来るひとはいるでしょうが、あらゆる生活の場面でどちらの言語でも同じように自分の気持ちを表現できることなんてありえません。」

物事をもう少し軽く捉えて、自分達はバイリンガルであると述べた親御さんたちもありました。「どちらの言葉でも同じように自己表現できる」とか、「ひとつの言語で話すときはその言語で考え、他の言語からその言語に翻訳することはありません」とか、「無意識に(言語が)切り替ります」というのがその理由です。

外国に相当な期間住んでいると、大抵の人はそれなりに新しい言語を使いこなせるようになりますが、必ずしもバイリンガルになったと感じるわけではありません。イタリアから来てイギリス女性と結婚したマルコもその一人です。 彼は次のように語りました。

「イギリスに来たのは8年前でした。二人が出会った頃は妻のイタリア語は私の英語よりも上手でしたので、イタリア語が我が家の言葉として残りました。仕事では英語を使いますが、社交で使うには語彙が足りないと感じます。友人の多くがイタリア人だというのもやはりその理由です。私が思うに、外国語を話した時に、相手が直ぐにネイティブでないことに気づかなければその人はバイリンガルです。私はその基準には達していないと思いますが、妻は確実にその域です。」

「バイリンガル」というのはかなり主観的な観念なのだと思います。TOEFLが満点でも英語での社交的な会話は疲れるし、リラックスできない、という人もたくさんいます。又逆に、英語しか話せないニューヨーカーの内、TOEFLで満点を取れる人はどのくらいいるでしょうか? 彼らにとっては、満点が取れなくても、それは母国語です。リラックスできます。ココロが込められます。 バイリンガルも同じで、流暢に、professionallyに話せるからといっても、相手からネイティブと同じと思われるほど英語が上手でも、自分自身はバイリンガルと感じていないことも多々あります。又逆に、それほど英語が上手ではなくても、普段、回りに英語が飛び交っていると、英語に愛着を感じ、バイリンガルであるような気になってきます。この本でもこのココロの問題、愛着の問題がこれから語られていくのではないかと思います。

2008年8月 9日 (土)

To be bilingual: why and when? ①

他の親御さんたちとその二ヶ国語生活に対する考えを紹介する前に、私自身がなぜそして何時バイリンガルについて考え始めたかを説明したいと思います。

「私は学校でいくつもの言語を学び、大学では翻訳家になるためのトレーニングを受けていました。しかし、その時にはバイリンガルを特別なテーマとして考えたことはなく、又、自分自身がバイリンガル人であると思ったこともありませんでした。私が学んでいた言語は、数学や地理学で学んだのと同じように、知識が機械的に繋がった言葉の塊でしかありませんでした。翻訳家を目指して勉強していた時ですら、ほとんど毎日、外国語を読み、書き、話していたにもかかわらず、私にとって異種言語を使うということは専門技術としか思えなかったのです。そして、私が海外に移住して、二つの言語で生活するようになって初めて、バイリンガルを特別なテーマとして考え始め、バイリンガルな環境に置かれたときの心理的な変化を経験しはじめたのです。」

「technical chunks of knowledge」これをどう読むのかというのには悩みました。只の塊(chunks)ではなく、technical chunksとなっている。 では、このtechnicalと言う意味は? と考えたとき、前文にある 「emotional tie(愛着)」だとか、このバラグラフにある「emotional impact」との対比ではないかと感じ、さらには、「professional skill」との類比だと思いました。つまり、言葉が感情とは無関係に、無味乾燥に繋がっている、いわば言葉の羅列。

「professional skill」についてもそうです、「専門性の高い」というよりも、ココロから離れた所での skill というイメージですね。

法律的に言えば、筆者はバイリンガルの「実体」=ココロを追求していきたい。マニュアルとかいった「手続き」=techinical/professionalに興味があるわけではない、と言ったところでしょうか。

2008年8月 5日 (火)

On being bilingual - the parents

「ロンドンに移り住んでからたくさんの友達が出来ました。来た当初から多くの人に紹介され大抵はとても歓迎されているという気持ちにさせてもらえました。それでもオランダに残してきた親戚や古い友人達は遠い存在ではありませんでした。ちょくちょく向こうに行ったり向こうから来てくれたりしていたのです。そして時折、新しい国に移り住み、そして同時に、古い繋がりにしがみついていることが一体全体可能なのかと考え始めるようになりました。どちら着かずで中途半端になってやしないだろうか?

これは毎日使っている言葉についても同じでした。英語を練習し上達したいと思っているのですが、家ではオランダ語を使い続けていたい。そして、同じような疑問が沸いてくるのです:二つの言葉を身につけることができるのか、それとも、どちらもキチンと身につかないのか?」

バイリンガル養育は両親もしくは片親がバイリンガルの場合に始まります。所で、「バイリンガルだ」ということはどういう意味なのでしょうか? 私がインタビューした親御さんたちにとって二言三言でバイリンガルを説明することは非常に難しいようでしたが、二つの言語で生きていくということがどういう意味なのかということについては、ある程度はっきりした考えを持っていました。

この章では、彼らがどのようにバイリンガルを経験したのかを述べていきます。読み進むとわかりますが、何人かは外国語の習得度を測るある種の基準を定めようと努力したり、また何人かは寧ろ異なる言語との間に生まれる愛着に関心をもったりしています。

2008年8月 3日 (日)

About this book

この序章の締めくくりとして、私がインタビューした一人であるアンジェリカの言葉を紹介したいと思います。彼女の言葉はこれからこの本が話題としていくことの多くに触れています。

「最初は、子供達がバイリンガルになるのは素晴らしいことだと思っていました。そしてそれが出来たらそれは子供達や私達自身、友人達そして中流階級であることのおかげだと思っていました。私達が頼りに出来たのは外交官の子供達に関する情報だけでした。そしてその子供達は素晴らしいバイリンガルで、7-8ヶ国語を話すのでした。ですから、私は彼らの辿った同じ道を歩もうと思いました。でも、それは届かない道のりでした。」
アンジェリカのコメントからは、彼女がバイリンガル養育について慎重に決断をしたことが窺えます。しかし、アンジェリカは私と同じように、手引書の様な情報が無いことを発見し、他の人たちと同じように、バイリンガルになることはごくごく自然に出来ることだと思っていました。そしてアンジェリカは、実はそれがそんなに簡単なことではなかったと示唆しています。これがこの本の結論になるのでしょうか?

ある意味でイエスです。子供を二ヶ国語で育てるのはいつも容易なことではありません。実際、もし、私の子供達がごく自然・簡単にバイリンガルになっていたらこのを書くことはなかったでしょう。 でも、この本を読み終わるころには、多くの親御さんたちが子供達をバイリンガルに育て上げていくことは努力の甲斐があることだと解って頂けると思います。

バイリンガルに育てるには相当の苦労と覚悟が必要でした。日に日に落ちていく日本語の能力を心配しながらも、それを犠牲にして、英語力を年齢並みに上げる為に英語の家庭教師をつけ、英語が追いついたかと思ったら、今度は帰国後のことが心配になり、日本語の塾に通わせる。悩みの連続でした。子供達は親達よりももっと悩み、苦労したことでしょう。それでもその苦労に見合うだけのものを子供達は得ることが出来たかと思います。

漸くこれで第一章が終わりですが、引き続き第二章以降も我が家の経験も合わせて紹介し、この本の主題に対する理解の手助けになればと思っています。ご意見、ご要望あれば参考にさせて頂きたいと思いますので、遠慮なく書き込みをお願い致します。

Temporary or permanent settlement

(抄訳)

バイリンガル養育すべきかどうかの選択を迫られている親たちについて考察するときには、定住の場合と一時的な移住の場合との両方について考える必要があります。

この二つで大きく違うことのひとつは、一時的な移住の場合は、子供達を母国に残して寄宿学校に入れたり、移住先にある母国語で教育している学校に入学させたり、又は、様々な母国語を話す子供達に対応できるインターナショナルスクールに通わせることで、バイリンガル養育問題を避けることが往々にして可能であるということです。

この状況は特に、こういった学校に子供を通わせる為の資金が提供されることが多い外交官、多国籍企業や大きな国際組織で働いている人たちに当てはまります。

マレーシアでも同じような状況でした。クアラルンプールには日本人学校もありますし、インターナショナルスクールもありました。日本人学校に通わせていれば英語をどうしようとか悩むことはまったくありません。一方、インターナショナルスクールでは、授業は英語で行われるのですが、いわゆる「現地校」とは異なり、母国語が英語ではない子供たちの為にESL(English as Second Language)コースというのがあり、例えば、数学とか理科は通常のクラスでの授業を受けるのに対し、国語(英語)とか社会などは、ESLクラスで習熟度に合わせて学んでいくのです。長男の場合は、小学校3年生でインターに入りましたが、小学校6年生(インターではmiddleの1年生)の時にESLを卒業することができました。インターにはそういう英語が母国語ではない子供達のためのシステムがととのっているのです。それが筆者の言う「様々な母国語を話す子供達に対応できる」ということだと思います。

永住と一時移住の場合のもうひとつの違いは、次の発言で表されています。これは、夫がノルウェーの大使館員の、あるノルウェー人母の発言です。

「英語はとても便利な言語なので、私は娘がバイリンガルになることはとても良いことだと思っています。ノルウェーに戻っても英語を保持させたいと思っていますし、バイリンガルになれば次に他の国に赴任する場合にも役に立ちます。」

この親御さんには、娘をバイリンガルにする選択をした訳ですが、ちょっと違う種類の選択です。つまり、彼らにとっては、英語を学ぶことのメリットが重要で、ノルウェー語の維持に関する問題意識は少しもないのです。 これに対し、外国に永住する親御さんたちには、子供に移住先の言葉を学ばせるか否かという選択肢はありません。(学ばざるを得ないのです) 彼らにとっての選択肢は、母国語を維持させるか、させないかということなのです。

母国語の維持と言う問題は、ちょっと種類は違いますが、英語を学ぶメリットを強調した先の大使館員の妻の様な一時的な移住でもありえます。2年位の移住であれば問題は少ないのですが、我が家の様に5年も6年も外国に住みインターナショナルに通うと日本語が普通に話せなくなります。ここでも親は選択を迫られるのです。日本語を犠牲にして英語を身に着けることを優先するのか、帰国後のことを考えて日本語も維持するのか。我が家の場合は前者でした。

勿論、一時的な移住になるのか永住になるのかが最初から判らないという場合も多いという事実は残ります。最初は2-3年の期間移住し、その後永住するのかしないのかを決めると少なくないのです。しかし、私が思うには、永住か一時移住かにかかわらず子供にバイリンガル養育をしようと考えている親御さん達は、家庭内のバイリンガル環境が永続していくという現実感に直面した親御さん達の経験談から学ぶことが多いでしょう。特に、子供がバイリンガル養育に対してどんな反応をするのかというテーマについてはそう思います。

そして私は永住に近い形で移住した親御さんたちにしかインタビューしませんでしたが、永住を決める前にあちこち移動していた家庭もありましたし、又、永住を決める前に他の国へ住んでいた家庭や、子供が少し大きくなってから初めて移住したという家庭もありました。ですから、子供達と海外に移り住むという問題や、それが子供達のバイリンガルの発達にどのような影響を与えるのかという点について、これからこの本のあちこちに様々な形で出てくることになります。

Parents ... can learn most from the experience of those families for which a bilingual home environment has become a permanent reality.

実際に永住する(した)のかが問題ではなく、永住する(に近い)覚悟があったかと言う点が重要だと筆者は言っているように思います。「permanent reality」は「永遠の現実」というよりは、「現実観が永続している状態」ということかなと思います。前者は客観的なものですが、後者は主観的です。前にも述べましたが、この主観性が大事だと筆者は主張しているのだと思います。目の前にある、これ迄は他人事のように思えていたバイリンガル環境が、そうではなく、永遠に続くんじゃないかという「気持ち」になった時、初めて、真剣に、バイリンガルに育てることと母国語をどれだけ大切にするかということに、現実感を持って向き合えるのだと思います。この「permanent reality」にはとても深い意味があるように思えます。

2008年7月27日 (日)

Growing up bilingually versus a bilingual upbringing

(abstract)

バイリンガルよりモノリンガルの方が普通である西洋に住む人たちにとっては、世界の人口の少なくとも半分がバイリンガルであるという言語学者の推定は、往々にして驚きのことであるようです。バイリンガルになる原因は移住であることが多いのですが、それ以上に家庭で話される言語と外で話される言語が、政治的・経済的・地理的な理由で異なっていることが原因になることが多いのです。(注:移住が必ずしも伴わないから半分以上がバイリンガルということになりえるという理屈でしょうか)

時には、ひとつの国や地域に複数の公用語が共存したりします。又、時には、公式な場ではあるひとつの言語が公用語として押し付けられる為、それ以外の言語を持つ民族の人たちは、仲間内での会話では自国語に執着するということが起こります。

まゆパパ注:マレーシアでもそうでした。マレーシアはマレー系60%、中国系30%、インド系10%と言われていますが、公用語はマレー語で、役所など公式の文書は全てマレー語です。一方、中国系、インド系の人たちは、家庭内や仲間内ではそれぞれの言葉で会話するのです。またこれも面白い現象なんですが、こうやって多国語が飛び交う世界では、共通語は「英語」なんです。マレー人は学校では母国語のマレー語と英語を学び、中国人は母国語の中国語と英語を、インド人はインド語と英語を学ぶ。だから、公用語でもなんでもない英語が共通語になってしまい。英語はどこでも通じる言葉になっているんです。又、職場でも共通語である英語とそれぞれの民族の言葉が飛び交いますから、日本人にとっても気が楽なんです。なぜかと言うと、日本人同士も日本語で話せるからです。日本人同士で日本語で秘密の話をしていると文句を言われる国もありますから。

この様な状況で育つ子供達に共通して言えることは、彼らは、このバイリンガルというか多種言語の状況に適応していかざるを得ないということです。もし、両親もバイリンガルの環境で育っている様な場合には、何世代にも渡って複数の言語を使い分けており、それが既に(子供達にとっても)生活の一部となっていることもあるでしょう。しかし、やむを得ず移住した場合や、政治・経済の体制が変わってしまった場合など(*)、親はひとつの言語しか話せないけれど、子供たちは学校で違う言葉を学ばねばならない、ということもよくあります。 しかし、その理由がどのようなあっても、「バイリンガルの環境の中で育つ」といった場合には、他に選択肢はないのです:子供たちにとっても、親にとっても(バイリンガルの環境に置かれているということは)生きていく上で可能な限り対応して行かなければならない(変えられない)事実なのです。

(*)マレーシアに於いても、中華学校では中国語しか教えなかったりした時代がある一方、中国系への圧政から、強制的にマレー語を教えなければならない時代もあって、両親は中国語しか話せないけれど、子供は学校ではマレー語や英語が話せる、ということがあったり、又、マレー人にしても、世界レベルの技術を学んでいく為には、英語を学ばねばならないということで、若い世代の人たちは学校においても科学系の授業は英語で受けていて英語は得意だけれど、親はそういう教育を受けていなくてマレー語しか話せないということがよくよくあります。こういう風に、マレーシアという国自体の形は変わらなくても、その政治動向や経済動向により、学校の様な公共の場で使う言語が変わることもあるのです。そうしてそれは個人の力では変えることはできません。

一方、子供をバイリンガルに「育てる」というのは親の選択です。自ら望んで新しい国に移住した親が、自分たちがそこそこにその国の言葉が使えるようになり、そして、子供たちをバイリンガルに育てようかどうかおいうことを考えるようになるのです。いろいろな分類の仕方があるとは思いますが、大まかには次の二つに分けられると思います:①母国語が同じ両親が一緒に外国に移住するケース(単一言語婚)、②一人で移住し、そこで他国後を話す相手方と結婚するケース(混合言語婚)。 そうして、両親が曲がりなりにもバイリンガルである場合~少なくとも混合言語婚のはそうですが~その夫婦は子供をバイリンガルに育てるかどうかを意識して選択することが出来るのです。

"reasonably fluent" ここでの reasonably というのは法律の場でも出てきます。reasonably effortとbest effortの違いです。 best effort義務を負うと、例えその努力が自らの損失をもたらすものであってもその努力をしなければなりません。一方、reasonable effort義務の場合だと、合理的・妥当な範囲の努力となり損失を逃れることが出来ます。ですから、 reasonably fluentも"そこそこの"とか"それなりに"fluentということでしょうか。

"conscious decision"  「意識した決断」といっても意味がよくわかりませんね。unconscious decisionではないと読んだ方が解りやすいかもしれません。無意識に、即ち、結果的にバイリンガルに育てることになった、ということではなく、自ら意識して、積極的にバイリンガルに育てるという能動性がこのconsciousという言葉の中に含まれているのですね。

現実の場面でこの「選択」をするのはそう単純なものではありません。外国語の流暢さの程度は様々ですし、おかれた状況によってその選択は左右されます。しかし、バイリンガルに「育つ」ということとバイリンガルに「育てる」ということの大きな違いは、両親がバイリンガルの状況を創り・保つことを「選んだ」のか、それとも、親と子供が生きるために単にその状況に適応せざるを得ないかということにあります。

この本では、バイリンガルな状況で「育つ」ということではなく、バイリンガルに「育てる」ということに主題を置きます。ここでは、国語と共に少数言語が話されている地域で生活していたり、スイスやベルギーの様に複数の国語が並存するような国に住んでいる為にバイリンガルになった家族については述べません。この本は、海外に移住することでバイリンガルな家庭環境を自ら創りだした親たち、そして子供達をバイリンガルに育てる様な選択をすることが出来た親たちの経験について述べていきます。

2008年7月22日 (火)

Parents and children (2)

(abstract)

50代女性のGertrudは、1930年代にイングランドに渡ってきました。そして、彼女は他の人たちと同じように二つの言語で育ったのですが、彼女曰く、彼女は「ごく幼い頃に学んだことのひとつは、両親の通訳係をやること」だったとのことでした。

それを聞いた私が思ったのは、「えっ! 私の場合は、いまだに子供たちの通訳係だわ!」ということでした。何故彼女の経験は私とは異なるのでしょうか? 
その答えは、人がバイリンガルになる理由のひとつは外国への移住なのですが、移住する理由というのは同じではないのです。 大雑把に言えば、やむを得ず移住したのか、自ら望んで移住したのかの違いです。

一方では、現在でもまだ多くの人たちが戦争、飢餓、失業などの理由から逃れるために移住する人たちがたくさんいます。 又、一方では、これは特にヨーロッパに多いのですが、結婚や仕事、又は、単純に世界を広げたいという理由で外国へ出て行く人たちが増えてきています。

自ら望んで外国に移住する人はその目的も多様です、でもそうせざるを得なかった人たちは違います。 移住せざるを得なかった人たちは、子供たちと共に新しい国や文化に溶け込もうと努力するか、あるいは、これもよくあるケースですが、自ら孤立する道のどちらかを選びます。一方、自ら望んで移住した人たちは、文化や食べ物、そして勿論、言葉に対する織り交ざった興味が移住の目的になるのです。 

「せざるを得ない」移住の場合は、バイリンガル状況というのは対処せざるを得ない単なる事象でしかないのに対し、「望んで」移住した人たちは、往々にして積極的に子供達がバイリンガルになることを望むようです。

こうして私は、バイリンガルに「育った」子供達と、バイリンガルに「育てられた」子供達を区別してみることに意義がある、ということに気づいたのです。

(まゆパパのポイント)

我が家の場合は、仕事でマレーシアに転勤したのですから、筆者に言わせれば「望んで行った」というケースに当たります。そして確かに、子供たちがバイリンガルになることを強く望み、インターナショナルスクールに放り込んだのでした。

でも、日本人の場合には筆者が言うようなヨーロッパのケースとはちょっと違うような気がします。 ヨーロッパ人は自分が望まなければ転勤なんてありえません。でも、日本人の場合は違いますよね。「社命」には逆らえませんから。 その上に、ヨーロッパでは言葉が違うといっても、日本語と英語程の違いはありません。

ですから、どちらかというと、日本でいう転勤の場合、「せざるを得ない」というケースが多いのではないでしょうか。特に、メーカーの方々はそうですね。そうして、積極的に溶けこもうとして、永住するまでになる人もいれば、逆に、日本人社会の中にこもりきって殻を閉じてしまう人もいます。

よく通ったブラジルもそうです。「ハルとナツ」というドラマがありましたが、日本人もポルトガル語を学んで現地に溶け込もうとする人もいましたが、今でも、日本語しか話せない日系人もいるんです。でもこれは「せざるを得なかった」ケースでしょうかね。

One thing we all learned from a very young age onwards was to act as interpreters for our parents.

子供が親の為に通訳する。ありました、これ、我が家の場合も。学校との保護者面談に私が行けない時など、子供が先生の言うことをよく通訳していました。
旦那は仕事で転勤しますから「望んで」ということもあるでしょう。でも、奥さんの場合は言葉も出来ず、「せざるを得ず」転勤することも多いのではないでしょうか。 そうなると、子供が母親の通訳係りをすることになるのでしょうかね。

distinction between children who are growing up bilingually and children who are brought up bilingually.

"grow up" と "brought up" とを使い分けて消極的か積極的かを書き分けています。

「親は無くても子は育つ」といいますから、"grow up"というのは親が何もしなくても(悩まないでも)育っちゃった状態というニュアンスですね。それにgrowの主語は子供。これに対して、"brought up"の場合の"bring"の主語は親ですから、親が主体的にバイリンガルに育てようという意志を持っているというニュアンスが出ています。

2008年7月21日 (月)

Parents and children (1)

(abstract)

親と子、彼らがバイリンガル養育の当事者であるわけです。 勿論、私と同じ立場である親御さんたちの悩みや決断にも興味があったわけですが、もう一方の当事者である子供達の話を聞くことも同様に大切なのではないかと思いました。そこで、自分自身がバイリンガル環境で育った「親御さん」に話を聞くのがいいのではないかと思いついたのです。

幸いにもそのような人は多くいて会うことが出来るようでしたし、いつも喜んで皆さんの経験を語ってくれました。

でも、記憶は時間が経つにつれあやふやになっていくものですし、個々の事象ではなく、当時抱えていた問題全体と子供がどういう風に向き合っていたのか、ましてや、それを親御さんがどう感じていたかについては、あやふやな子供の頃の記憶からは明らかにすることはできませんでした。

そういう結末だったので、彼らの昔話をこの本の中で紹介するのは諦め、その代り、その親御さんたちの現在の姿を頼りに「バイリンガル家庭の環境」というテーマを見ていこうと決めたのです。

ところが面白いことに、昔バイリンガルの子供時代を過ごした人たちの話を聞いていくうちに、彼らが育ったときの状況と今の子供達が置かれている状況とは異なっている、ということが段々解ってきたのです。

(まゆパパのポイント)

the somewhat vague childhood recollections didn't reveal very much about how the situation as a whole was dealt with, let alone how it was experienced by their parents.

So I decided to include their accounts in this book and instead to rely on present-day parents as my informations on the subject

ここでの表現で、筆者は、バイリンガル養育を深堀していくに当たって、分析的な手法をとるのではなく、臨床的な手法をとろうとしているのではないかと思えてきます。

「as a whole」ですから、個々の事象や問題が起こった時にどう対応していたかという個別のことではなく、そういう事象が集まった抽象的な「全体状況・困難」に対して、親がどのような「考え方・心持ち」で対応していたのか、それが筆者の追いかけたいことではないのでしょうか。

ですから、親がそれをどう「主観的」に経験していたのか(how it was experienced)が大事なのでしょう。 親が「何」をしたのかという客観事実レベルではなく、どう心的に経験したのかという、心的真実のレベルに対する興味なのでしょうか。

であるから故に、事実を集めて分析するのではなく、目の前にいる親(present-day parents)、「今」「ここに」いる親を見つめて行こうとしているのではないかと思えます。

2008年7月20日 (日)

Searching for information (2)

Sources of information

(abstract)

何百万人の子供たちがバイリンガルの環境で育っているはずなのに、どうして私の悩みに対する的を得た答えがないんだろう?

本やマニュアルで探してみたけど答えは見つからない。バイリンガルというのはそんなに特殊なもの? それとも当たり前のことだから書かれて無いの?

学術的な本には言語学的な説明が色々あったけど、私はもっと日常的なことで悩んでいるので、役に立ちません。

同じような環境にいる親御さんにも相談してみたけど、みんな外国に来た事情も違うし悩みも違う。

それでも、インタビューや質問表などを続けていたら、ようやく私と似たようなケースが出てきて解り始めました。

(表現)

I found that on this subject the books were silent

筆者は自分の悩みを解決してくれる答えを探している訳なんですが、直接的な答えは無いようです。

ところで、"this subject"とは何を指しているんでしょう? 具体的・直接的な答えが期待できるようなsubjectなんでしょうか? もしかして、問題の所在が解らないというのが悩みなのかもしれません。

it was from all these families taken together that I learned most about all the issues

頑張った甲斐あってどうやら答えが見えてきたようです。 ここでのポイントは "all these families taken together"です。やっぱり、万能の答えがあった訳ではなかったのでしょうか。これから様々なケーススタディが続きます。

2008年7月19日 (土)

Searching for information(1)

(abstract)

Gideonが8ヶ月の時にアムステルダムからバンクーバーに渡った時には、彼の言葉の発達についてはあまり気にしていませんでした。

ところが、4歳になっても英語の言葉があまり出てこないので、その時になって漸く、バイリンガルで育てるということは当たり前に出来る事ではなく、特に、家庭で母国語を使用することの功罪について慎重に考えなければならないと分かって来ました。

ロンドンに長期滞在することになったときには、回りの人から家庭で母国語であるオランダ語を話すのを止めた方が良いと薦められましたが、その時までは家庭では母国語で話していましたし、又、そうすべきと考えていました。

(表現)

bringing up one's child with two languages is not just a matter of course

ここの "with"を"in"に変えても意味は通じますが、"in"だと「バイリンガルの環境の中(in)で」というどちらかというと受動的なニュアンスになりますね。"with"だと「親が二ヶ国語を使って(with)」という主体的なニュアンスになり、この本の主題と一致するようになります。

we have to defend ourselves for doing so

母国語を守りたいという気持ちと、家庭で母国語を話すことがGideonの英語の発達への妨げになるのではという気持ちが葛藤しているようですね。

私の場合もそうでした。海外に3年もいると子供たちは日本語を上手に話せなくなってしまいます。そうして親に対しても英語で話しかけるのですが、親としては日本語を忘れさせてはいけないと日本語で話すように仕向けます。でも、子供は日本語では気持ちがよく表現できず、時には泣き出してしまう。

「どうしたらいいんだろう」 とても単純な悩みです。

このテキストを読みながら、私もあの当時に戻って、悩みを再体験してみたいと思います。